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丸山蘭水楼の遊女たち2-13

时间: 2019-05-22    进入日语论坛
核心提示:   13 あろうことか、今宵《こよい》の客は昨夜につづいて金ケ江屋境平であった。主人からではなく、遣手《やりて》にそう告
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   13
 
 あろうことか、今宵《こよい》の客は昨夜につづいて金ケ江屋境平であった。主人からではなく、遣手《やりて》にそう告げられた時、尾崎は頷《うなず》きもせず相手を見返すと、さくは慌てて目をそらした。夜になっても太兵衛は戻っていない様子で、奉行所に通じとるふうが見える、という日蔵の言伝てが、跡絶《とだ》えようもなく胸を引きずる。
 刻はちょうど五ツ(午後八時)。尾崎は居ても立ってもおれぬ気持ちで、かすかにきこえる絃《げん》の調べさえうとましく感じられた。厠《かわや》にしては少し長すぎるようにも思われるが、客の振る舞いに気を配る余裕さえもなく、心はひたすらひとつの面貌《めんぼう》を追い求めた。
 ……太夫《たゆう》か何か知らんばってん、あんたにまるめ込まれたせいで、又次はしょっぴかれたとたい。又次は船乞食《こじき》の一統じゃけんな。そいでも自分を忘れてしもうた。そんげんふうに仕向けたとはあんたたい。
 金ケ江屋境平は包み物を抱えて部屋に戻ると、押し出すような手つきで尾崎の膝許《ひざもと》においた。
「待っとった物の、今届いたとたい。まあ開けてみるとよか」
 得意満面の上機嫌な声に逆らうすべもなく、薄い萌葱《もえぎ》色の綿布をひらくと、朱と緑を基調にした色柄の、目を奪う織物がでてきた。
「阿蘭陀《オランダ》更紗《さらさ》ですね。模様の珍しか」
 尾崎は心のそこにない言葉を並べた。
「印度の更紗たい。帯にでん仕立てるとよか。太夫にならぴったりあうとじゃろう」
「いけまっせん」尾崎は首を振った。「こんげんぎっぱか(美しい)ものを、うちにはいただくいわれがありまっせんと」
「これはまたきつかことばいわれたな。……」金ケ江屋境平はむっとした口調でそういい、しばらく間をおいて思い直したようにつづけた。「客と太夫のあいだに、いわれもなかとなら、これはもう天を仰ぐか、うなだれるより仕方のなかたい。……」
「すみまっせん。そがんつもりでいうたとじゃなかですばってん、お気に障ったら謝まりますと。ほんなこつ、つまらんことばいうてしまいました」
「よかよか。太夫の方こそ機嫌ば直してくれんね。あたしも少しいい過ぎたごたる」
「あんまりきれか更紗ば見せられて、きっと気持ちまで動転したとでっしょ。旦那《だんなん》さんを旦那さんと思わん仕打ちばしてしもうて、どうぞ堪忍してくれまっせ」
「そいじゃ機嫌よう、こいば貰うてくれるか。いや、これで甲斐《かい》もあった。太夫ならきっとよう似合うばい」
 その上辞退できるはずもなく、尾崎は綿布ごと両手でいただいて深くお辞儀をし、改めて中身を取り出すと右肩に掛けてみた。
「帯じゃと思うとったが、そんげんふうにしてみると、裲襠《うちかけ》にしてもよう似合う。何なら帯は帯で別に見立ててもよかとだけんな」
「ようと考えて、折角の模様がいちばん映えるものを作らせて貰いますけん。……ほんなこと、おおきに」
 金ケ江屋境平の面から甲走った影がようやく消え、太夫さえよければ席を変えて芸子の二、三人も呼ぼうかといったりした。尾崎は首を振って、それより今夜はゆっくり阿蘭陀か唐の話でもききたいと頼む。二人だけの酒肴《しゆこう》はすでに整えられており、好みだという日本酒をぎやまんのグラスに注いで、男の口は次第に弁解がましくなった。
「……煙のでる塩辛売り。そんげん話をきいたことがあんなさるでっしょ。……いやいやこれはその辺じゅう飛びこうとる噂《うわさ》ですたい。何もかも都合のわるかことをひとりのせいにしてしまう。これはもう長崎名物ですけん半分おもしろがってきいとりますと。こん次はどげな火の粉の振りかかるか、そいを考えるのも一興。……どんげん塩辛か知らんが、あたしもひとつそれを食べてみたかと思うとるのに、いざとなればなかなか手に入らんし、家の者にも酔興が過ぎると怒られたりする始末でね。……」
「何のことか、うちにはようとわかりまっせんと。煙のでる塩辛とは一体、なんのことですへ」
「止《や》めまっしょ。太夫が知っとるとなら、ひとつもふたつも輪をかけた話をしてもよかと思うたばってん、だいもかれもおもしろがる噂じゃなかごたる。……そんげんことより、太夫は増屋の番頭のことを知っとんなさるね」
「増屋の番頭。……椛島町の増屋さんですか」
「そう、廻船問屋の増屋たい。そん番頭の七十郎。染田屋の馴染《なじ》みじゃったというけん、太夫も見覚え位あんなさるじゃろう」
「はい、それはもう……そん人がどうかなさったとへ」
「土左衛門になって、戸浦の浜に打ち上げられよったとたい。心中かもしれんという話にもなっとるらしかが、女の方はまだようとわからんごたる」
 増屋の七十郎が心中。すると相手はくら橋か。咄嗟に浮かぶ思いに、癖のついた声はなおもかぶさる。
「わざわざ船をだして自殺するとも考えられんし、心中でなければ何か裏に事件の絡まっとるのかもしれん。その辺の調べがどうなっとるか。奉行所の方じゃもう、大方のことをつかんどるかもしれんけどな」
「心中というなら、だいか相手の人のおったとでっしょ。そん人の名前はわからんとへ」
「心中かどうか。そうかもしれんという匂いがするだけで、詳しかことはまだ調べのついとらんとじゃなかかな。……そうそう、そういえば増屋の番頭が馴染んどったというたよしはくら橋ちゅう名前ときいたが、ほんなこつね」
「はい、そん人が七十郎さんなら……」
「くら橋とかいうたよしは、もう此処《こ こ》にはおらんそうやな」
 尾崎は黙って頷く。
「戸町か浪ノ平なら辻褄《つじつま》はあうとたいね」金ケ江屋境平はわけ知りのような声をだす。「土左衛門の上がった場所からして、大方見当もつこうというもんやろう。心中の相手が、そんくら橋なら筋道は通ってくるたい」
「相手の死体も上がったとへ」
「いや、それはまだらしか。そいけん肝心のところがぼやけてしもうとるとたい」金ケ江屋境平はいう。「そうはいうてもまあ、今頃はあらかた片付いてしもうとるかもしれん。浪ノ平のひゃぁはちがひとり行方知れずになっとるそうじゃけんな。そのひゃぁはちと番頭とのつながりがわかれば、一切がはっきりするとたい」
 薄々はきいていたが、くら橋は確か戸町か浪ノ平にやられたはずだ。それでは矢張り七十郎は……。尾崎は酒を入れた銚子《ちようし》を手にして客のグラスを満たす。
「旦那さんは何でん、目の中に入っとるごと知っとんなさるとですねえ。……」尾崎はいいかけて身を固くした。それなら、奉行所の者に引っ張られた又次のことも、という思いに打たれたのである。「そんげんふうに何でん見通しのできると、裏も表もぎやまんのごと透き通って、ひとつひとつの出来事がおもしろうあんなさるでっしょ」
「世間には見ゆるものと見えんもののあるけんな。見ゆるものは見えるが、見えんものはどうあがいても見えよらん。……いちばん見通しのきかんのは人の心。太夫はそうは思わんね」
「人の心でん何でん、旦那さんには大凡《おおよそ》のものは見えらるっとじゃなかですか」
「いやいや。銭で動く心ならそれこそ掌の中じゃろうが、世の中にゃ銭でも動かん心もある。そうなったらもうどんげん仕様もなかと」
「銭で動かん心はなかと、ほんなことはそんげん思うとられるとじゃなかとへ」
「手きびしかと、こりゃ。……こりゃよっぽどわるか噂の耳に入っとるごたるな」
「冗談ごとばいうてみたとですよ。どんげんふうに答えなさるかと思うて」
「もうこいじゃけんな。太夫にかかっちゃ、帆綱は思うままじゃけん、とてもかなわんばい」
 金ケ江屋境平の浮わついた口調には、わざとらしい芯《しん》が残っている。
「旦那さんの方こそ、うちを帆綱のごと考えとんなさっとでっしょ。……そん証拠に、自分たち同士で勝手に船頭を乗り換えて、辻野屋の旦那さんからうちを掠《かす》め取んなしゃったとじゃけんね」
「いい返す言葉ののうなったばい、こりゃ。……」金ケ江屋境平は片手を後頭部に廻す。「太夫の頭ん中には銀の鯱《しやち》の跳びはねよるときいたが、ほんなこつだった」
「言葉のなかというて、ちゃんと十倍にもしてお返しなさっとだけん、人のわるか」尾崎はいう。
 階下から流れてくる騒々しい気配に立ち上がって部屋の戸を開けた尾崎の前に、息を荒げた小藤がすっと近寄ってきた。
「旦那さんの怪我して、そいで……」
「はっきりいわんと。旦那さんが怪我ばなされたというとへ」
 小藤は口を開いたままこっくりと頷く。
「太兵衛さんが怪我ばさしたてな」
 尾崎の背後に立つ金ケ江屋境平の声に、禿《かむろ》は息を飲み込むと、やっとまともな声をだした。
「いま、抱えられて、倒れるごと戻ってきなさったとですよ。だいかにやられたというて、着物は血だらけ。おかっつぁまもたまがられてもう、騒動になっとりますと」
「医者は呼んだとやろうな」
「はい。それはさっきもう」
「だいかにやられたというて、いったいだいにやられたとか。まさか船乞食の一統じゃなかろうな」
「ようとはわかりまっせんばってん、だいか逃げだした者のおって、そんことにもかかわりのあっとじゃなかかと、下では話しとりますと」
 金ケ江屋境平は廊下にでると、尾崎を制するような身振りをはっきりとみせた。
「太夫はじっとして動きなさらん方がよか。事情はあたしがきいてきまっしょ」
 駈け去ろうとする禿の腕をつかんで尾崎は顫《ふる》える声できく。
「逃げだした者のおったというたが、それはだいのことね。旦那さんはそん人にやられて怪我ばなさったとへ」
「ようとは知りまっせんと。ただ下でそんげん話のでとるから」小藤はいう。
「逃げだした者のことをききよると。はっきりいいんしゃい。その人は奉行所から……番屋からでも逃げよらしたとね」
「うちにはわかりまっせん」禿はかぶりを振る。「男衆《おとこし》たちの喋《しやべ》りよんなさるとを、ちょっと小耳に挟んだだけですけん」
 小藤を放すと、尾崎は戸口の傍《そば》に両手を支えにしながら、崩れるような姿勢で坐った。捕縛の手を逃れた又次が、染田屋の主人太兵衛を襲ったというのか。まさか、という炎に似た感情が目まぐるしく脳裡《のうり》を走る。階下に行って確かめたい気持ちを抑えて、卓ににじり寄ると、自身のぎやまんにゆっくりと酒を注いだ。
 一体だいにやられたとか。まさか船乞食の一統じゃなかろうな。さっきの言葉はそうであったのだ。飲みかけのグラスを置き、心を鎮めて尾崎は立ち上がろうとした。するとそこに並女郎のつねよがいた。
「すみまっせん。……いま金ケ江屋の旦那さんを下で見ましたと。そいでその隙にと思うてきたとです。太夫に言伝てば頼まれて……」
「言伝てば……」
「かかわりのなかとなら堪忍してくれまっせ。ただ、うちは太夫の味方のつもりですけん」
「早ういいんしゃい。その言伝てはどんげんことへ」
「又次は逃げた。きっと逃げおおせる。言伝てはそいしこです」
 待て、という間もなく、つねよは足早に去った。すると太兵衛に手傷を負わせた下手人は矢張り又次なのか。ふたたび廊下にでようとする尾崎の前に、今度は金ケ江屋の姿が立ちはだかるようにあらわれた。
「怪我の様子はどんげんでっしょか」
「心配することはなか。血のりばみてみんなたまげとるが、かすり傷たい。腕の付根ばちょこっと突かれただけのごたる」
「どっちにしても見舞いに行ってきまっしょ」
「いやいや、そんことはあたしからよういうとった。太夫が顔をだすとかえって仰々しくなるけん、あたしが抑えたというてな。店のたよしたちにもそん旨をいい含めて、みだりに部屋から動くなというとったばい。家の中じゃけん、見舞うことは何時《い つ》でもできるし、もう少し落ち着くとを待つとよか。第一、今は手当の最中じゃけんな」
「そいで、旦那さんはだいにやられなさったとへ」
「ようとはわからん。暗がりからいきなり二人して飛びかかってきたというとった」
「二人。……そん人たちは矢張り……」
「矢張り、なんな」
「さいぜん、旦那さんは船乞食の一統かもしれんというとんなさったでっしょ」
「又次とかいう者のことば案じとるとな」
 金ケ江屋境平の口からすらりとでた言葉を受け止めかねて、尾崎は胸の内でよろめく。
「奉行所も大分ぼけなすになっとるけんね。大方何かつかまされたとじゃろうが、つかまえた者を逃がすようじゃ、相当たがのゆるんどるごたる。……いっぺん逃げられちゃもうお仕舞いたい。あん連中は隠れと同じで、地にでん潜りよるけん。……まあ此処の主人もとんだ災難たい」
「そん逃げた船乞食のひとが手傷を負わせたといいなさるとですか」
「そうはいうとらん。いくらなんでもそこまで手廻しはようとできんじゃろうからな。逃げた又次と主人を襲うた者は別人だとあたしは推測しとる。そいでもそこに船乞食の絡んどることは確かじゃろう。今時、染田屋に楯《たて》つくとはその辺しか考えられんもんな」
 身動きできぬ場所に追いつめられたことで、尾崎の気持ちはかえってすわった。
「潜られる地面のあるとなら、うちも潜りたか。きっとそこは深かいがわのごとなっとって、夏は涼しゅう、冬はぬっかとでっしょ」
「こりゃよかこときいたぞ。ひょっとすると梅園天満宮のいがわと、こん部屋の掛軸の裏は通じおうとるかもしれんね」
 落ち着け、と自分にいいきかせて、尾崎は銚子を手にした。金ケ江屋のぎやまんがそれを受ける。つねよに言伝てした男がもしや又次ではなかったのか。きっと逃げおおせるという言葉の裏には或いは別のことが隠されているのかもしれぬ。たとえば大音寺裏手の墓地にて待つ、とか。
「どんげんしたとな、太夫。主人にはちゃんというてあるけん、気にすることはなかよ」
「矢張り顔だけはだしとかんと、心のせきます。旦那さんの怪我に船乞食の一統が絡んどるとなら、なおのこと詫《わ》びばせにゃなりまっせんと」
「太夫が詫びることはなかと思うばってん、そんげんいうならまあ、顔をみせてきなさるとよか。念のためにいうとくが、余計な言葉はひかえた方がよかよ」
「はい。そんならすぐ戻ってきますけん」
 尾崎は階段を下りると、主人太兵衛の居間に足を向けた。いっそこのまま日蔵の家に走って、あれこれを確かめたいという衝動に耐えながら。つねよはもう客を取ってしまっているのだろうか。どんな口実をつけて、禿に呼びださせようか。
 医者はまだきていなかったが、太兵衛はわざとらしい程、気丈な素振りで、尾崎の見舞いを受けると、止血した傷口の辺りを指先で示したりした。
「又次ちゅう船乞食が逃げだしたこと、太夫は知っとんなはるとへ」
「やめんか」太兵衛は傍の女房を制した。「太夫にかかわりもなか話ばなしてするとか。……」
「すみまっせん」
「此処はもうよかけん、早う戻るとよか。金ケ江屋さんを粗末にしちゃいかんばい」
 太兵衛の女房の刺すような視線を背に尾崎は板張りの廊下にでた。横合いからあらわれた遣手のさくが、早速まといつく。
「最前まで、そりゃひどか見幕だったとですよ」
「旦那さんね」
「おかっつぁまのことですたい。旦那さんがこんげんこつになったとは、みんなひとつの根からでとるというて。……」
「ひとつの根。……」
「又次とかいうひとのことばあてこすんなさったとでっしょ。……旦那さんの方がかえってしっかいしとんなさると」
 さくから離れようとして、厠の方に折れる尾崎に、さくはさらに追打ちをかけてきた。
「つねよさんを呼びなさっとなら、そがんいうてきまっしょか」
「つねよさんを……なしてうちが呼ばにゃならんとね」
「つねよさんに、何か確かめたかことのあっとじゃなかとですか」
 さくは目をそらさず、真っ直ぐ尾崎のひきつった顔を見返した。
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