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丸山蘭水楼の遊女たち2-15

时间: 2019-05-22    进入日语论坛
核心提示:   15 外に面した障子戸を開け放つと、湿った海風の舞い込んでくる遅い朝。時折雲の切れ間から差す薄陽にしばらく体をさらし
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   15
 
 外に面した障子戸を開け放つと、湿った海風の舞い込んでくる遅い朝。時折雲の切れ間から差す薄陽にしばらく体をさらしていたいような肌寒さに戸惑いながら、人々はちぐはぐな季候の挨拶をかわした。
 使いの者がきて、金ケ江屋境平が殊更取り繕った恰好をして帰った後、どうやって外出の口実を作るか、尾崎はそれだけを思いつめていた。言伝てのことをつねよにききただしても、恐らく返ってくる言葉は同じであろう。それならばいっそ日蔵の家に走って、又次の消息と今後を確かめた方がいちばんはっきりするのだ。
 昨夜の怪我があっての今日、断わりもなく身勝手な行動にでれば、後の始末がきついものとなろうし、船乞食の集落を訪ねたことが発覚すると、それこそ太兵衛は黙っていまい。
 茶と梅干を運んできて、なぜか目を避けようとする禿に尾崎はきいた。
「何かあったとね」
 小藤はもじもじと頷く。
「いいんしゃい。何の起きたと」
「つねよあねが折檻《せつかん》されとんなさる。……」
「折檻。……なして、つねよさんが」
「うちにはわかりまっせんと」
 逃げるようにして去る禿の様子には、明らかにわけを知る者の素振りがあらわれていた。すると、自分への言伝てを遣手のさくがきっと太兵衛に通じたのだ。しかし何故に、受けた者をそのままにしておいて、つねよだけを責めるのか。尾崎は落ち着かぬ気持ちを抱きながら、意を決して部屋をでた。いずれにせよ主人太兵衛とは、又次とのかかわりで決着をつけねばならないのだ。階段にさしかかろうとする行手に、まるで通せんぼでもするようにさくが待ちかまえる。
「太夫に知らせておきたかことのあっとですよ」
「つねよさんが折檻されとるらしかね」
「折檻。……ありゃ折檻じゃなかでっしょ。事情ばききたかというて、旦那さんの呼びなさっただけですけん」遣手はこともなげにいう。「いうときますばってん、うちが告げ口したとじゃなかですよ。あんひとがこそこそやっとったことは、だいでん知っとりますもんね」
「どうせならうちを責めなさるとよかと」
「そんげんことより、七十郎さんの相手は矢張りくら橋さんだったとですよ」
「くら橋さん。……心中の相手はくら橋さんだったというんね」
「ただの心中かどうかそれはわかりまっせんと。そいでも浪ノ平のたよしがひとり消えて、そんたよしがくら橋さんちゅうことは、はっきりしとるらしかとですよ」さくはいった。「みんなにゃまあだ内緒ですばい」
「そいで、つねよさんはまだ旦那さんのところにおらすと」
「今頃はもう自分の部屋でっしょ。そいでも今はまだそっとしときなさる方がよか。いずれ機ばみて、太夫の気持ちのすむごとしてあげますけん」
 尾崎は引き返そうとして、遣手の方に向き直った。
「薄々はきいとったばってん、くら橋さんは浪ノ平におんなさったとへ」
「そんげん話でした」
「ただの心中かどうかといいなさったが、なんのこと」
「相手は死んどんなさるとだけん、ただの心中じゃなければ無理か殺すか、どっちかでっしょ」
「無理心中か、殺しか。……」
「ほかには考えようもなかですもんね」
 尾崎は畳に膝を崩しながら、浪ノ平かと胸の中で呟《つぶや》く。くら橋の行為を哀れと思う反面、そこまでの覚悟にあおられるものを感じたのだ。くら橋の死を口実にすれば、という気持ちがどうしようもなく前にでてしまう。たとえ無断にしろ、かつて朋輩《ほうばい》だった者の死を悼んで浪ノ平まで往《ゆ》き帰りしたという理由なら、何とかこじつけられよう。
 尾崎は急いで身につける物を着替える。するとそれを見すかしたようにまたしても遣手があらわれたのである。
「何処に行きなさるかしれんが、大事《おおごと》になりますばい。普通の日じゃなかとですけんね」
 今朝方の祝儀にと貰った紙包みをそのまま尾崎はものもいわずさくに握らせた。多分一分銀が二枚。
「何処に行きなさるとですか、ほんなこつ」
「浪ノ平に行ってみたかとよ。くら橋さんの事情もききたかし、それとなく合掌だけでもしてきたかと。……」
「旦那さんから何といわれようと知りまっせんばい、うちは」
「おうちの知らん間に出たことにしてくんしゃるとよか」
「そいでもどっちみちうちの落度になるとですよ。旦那さんはひどう気の立っとらすけん、普段とは違いますばい」
 尾崎はさらに手持ちの銀粒を渡した。さくの面にやっと険しいものが消えるが、それでもなお念を押す口調はきつい。
「浪ノ平に行きなさったことも何も、とにかくうちは何にも見らんことにしときまっしょ。目ば離しとったちょっとの隙に太夫は出て行きんしゃった。……そんかわり、後でどんな騒動になっても、うちはそっぽを向いとりますけんね。……」
 尾崎は言葉ひとつ応えず、ひたすら外出するための身仕度を整えた。
「どうしようもなか。うちはもう姿を隠しますばい」
 尾崎はひとりになると、懐中にありったけの銀粒を仕舞い込んだ。あわせて三両幾許《いくばく》かの銭をなぜそうするのか、先走った心の後から手先だけ単独について行くようであった。
 染田屋の勝手口をでる時、不意に出会った賄方のしげは何を考えたのか、ぷいと横を向いて素知らぬ顔をした。下駄の鼻緒が意地悪に固く、坂道の脇で尾崎は二度もかがみ込まねばならなかった。
 なるべく人目に立たぬように、それでも精一杯の足どりで、尾崎は大徳寺下に軒先を並べる家々の前を、綱渡りでもするような気持ちで通った。
 船乞食の集落は一体戸浦のどの辺りにあるのか。とにかく何が何でも日蔵の家を探しださねばならないのだ。無理心中か殺しか。増屋の番頭との真実を貫きたい一心で、浪ノ平にまで追いやられたくら橋が死を賭《か》けて問うたものは何だったのか。
 しかし今それを解く余裕はない。野菜を売る店の小娘が尾崎を指差しながら、甲高い声で叫ぶ。又次は逃げた、きっと逃げおおせる、言伝てはそいしこです、とつねよはいった。日蔵に会い、できることなら又次の顔をみたい。そして又次が一緒にこいというなら……。
 荷車の並ぶ海沿いの道で尾崎は彼方《かなた》のそこだけ青みがかった空を見た。もし又次が一緒に逃げようといえばどうなるのか。一瞬、心の中の壁を断ち割って生まれでた言葉を、しっかり握りしめるように彼女は自分にいいきかせる。
 その時は海底でもついて行くのだ。又次は逃げた、きっと逃げおおせる。それなら自分も一緒に逃げおおせたい。
白い蝶々は地蔵の鼻に
黒か蝶々は地蔵の耳に
きなか蝶々は地蔵のよだれ掛け
とまったとまった、三羽の蝶がとまった
三羽とまったら地蔵も地獄
蛇《じや》に化けた
 脈絡もなく、酔うた時にうたう父親庫太の文句がすうと胸内をよぎる。地獄でもかまわぬ、又次について行けばそれでよい。空の荷車を引く男が声を掛けてくるのに、応じたいような気分に浸りながら、尾崎は潮臭い風にも顔をそむけなかった。たとえ日蔵が何といおうと、もう染田屋へは戻らぬ。
 
 峠から眺望する千々石《ちぢわ》湾は、白濁のぎやまんに似て、海底からでも放つような光沢を一面に漂わせていた。
「きれか」旅仕度の身につかぬきわは、やっとわれに返るような声を上げた。「ひろか海は矢張りきれか」
 茂木屋を通じて急遽《きゆうきよ》用意した手形のことや、後に残る有馬永章と別れ際にかわした言葉を思い返していた井吹重平は、きわの声をきくと、茶店から立ち上がった。茂木の船宿に二泊。そこから長崎に引き返すきわと別れて、矢上宿近くまで小船を利用するという段取りも、茂木屋主人の立てたものである。茂木ならきわの手形も不要だし、道中筋の宿場ではないので奉行所の手も廻るまいというのであった。まあ、寺に踏み込むことはようできんじゃろうが、危のうなったら何時でん隠れるたい。隠れるところはこいでもいっぱい持っとるけんな。仁昌寺の住職はそういったのだ。
「あん帆船は何処に行きよっとでっしょか。ひょっとすると天草かもしらんね」
「方角が違うじゃろう、天草とは」
「あっちの方に天草のあっとじゃなかとへ」
「あれは小浜か千々石の方角たい。天草は外側のもう少し右手」
「あてずっぽうにいうて恥ずかしか」
「天草に行きたかとなら、今度ゆっくり連れて行ってやるたい。茂木から口ノ津行きの船に乗って行けば、そこからはもう目と鼻の先じゃけんな」
「ほんなこつ天草に行かれるとなら、うれしか」きわはいう。「天草や島原には長崎とは違う隠れの大勢住んどらすというとはほんなこつですか」
「違うというこつはなかろう。切支丹の宗門がひとつなら隠れもひとつ。そりゃ言葉や風習は違うかもしれんが、十字架《く る す》はくるすたい」
「旦那さんにいっぺんききたかことのありますと」
「何を」
「こん国に住んどる者が、なしてよその国の神様ば信仰するごとなるとでっしょか。そいも危なか目に会いながら、こっそり隠れてまで……」
「信仰に国の区別も人間の区別もあっちゃならんというとが、切支丹の教えたい。表向きの通りやすか理屈ばってんな」
「表向きといいなさると、裏に何か隠れたことでもあっとですか」
「朱もあれば紫もある。商売も信仰もそうなかなか白一色のものはなかということじゃろう。人間に区別はなかという道理ばひっくり返してみると、西洋も日本も坊主はしょせん同じ人間ということになる。そうじゃなかか」
「切支丹ばあんまり信用しとんなさらんとですね」
「おいが信用しとるとは、こんひとだけ」
 井吹重平に突つかれた額をきわは指先でなぞった。
「写真というとは、人の顔ばそのまま鏡のごと紙にうつすとでっしょ」
「写真か。……あっちこっち飛ぶ話ばするけん、たまぐるたい」
「旦那さんの写真ば一枚、欲しゅうなってきましたと。そんげん便利か機械のあるとなら……」きわはいう。「そしたら、会いたかと思うたら何時でん好きな時に旦那さんと会えますもんね」
「そういえば、イギリスやオランダ人の中には、家族の写真ば肌身離さず持っとる者があるらしか。きいた話ばってんね」
「よかことば思いつきましたと」きわはいきなりぱちぱちと手を叩いた。「なして今まで、そんことを気づかんやったとやろうか」
「今度は何ね。写真機でも土産に買うてきてくれというとじゃなかろうな」
「旦那さんに自分の似顔絵ば描いて貰いたかと。茂木の宿には紙も筆もあっとでっしょ。……ああよかった。写真の話ばしたけん、思いつきましたと」
「そいじゃ、きわの似顔も描かにゃならんな」
「無理して描かんでもよかとですよ」
「ふくれっ面のところば描いとくたい」
「意地悪いうとなら、折角あげようと思うとるとを止めにしますばい」
「まあだなんか隠しとることのあるとか」
「いや。そんげんこといわるっとなら、もうだしまっせんと。……ほんなこつ、ださんとですよ」
「わるかった、わるかった。さあ機嫌ば直してその大事かものば見せてくれんか」
 その時、商人の風態《ふうてい》をした男が茶店の親父《おやじ》と何やら一言二言言葉をかわすと、二人の方に真っ直ぐ近づいてきた。
「つかぬことば伺いますばってん、富岡屋のお方じゃなかでっしょか」
 井吹重平は早鐘を打つような心を抑えて、口をつぐんだまま首を振る。
「違うとりましたか。これはどうも失礼ばしました。もしやと思うて尋ねてみたとですが、どうぞご免してくだはりまっせ」
 商人風の男は茶店に引き返し、きわは顔をひきつらせて「早う行きまっしょ」といった。
「案ずることはなか」
「そいでも……」
「そいじゃぼつぼつ行こうか」
 井吹重平は殊更、茶店を無視する素振りをした。そして海原を右手に山腹の蛇行《だこう》する道をほぼ一丁程も下ったところで、きわは「今の人はそうじゃなかったとでっしょか」といった。
「大丈夫。奉行所の手先ならそんげん手間暇かけるはずもなか。泳がせとくわけもなかけんな。今頃はもう逆の道を行きよらにゃならんたい」
「まあだ動悸《どうき》の打ちよるとですよ」
 きわは胸に手をあてた。小さな柳行李《やなぎごうり》を背負った男が、擦違いながら、何やらものいいたげな顔を向ける。雑木と段々畑に囲まれて、こぢんまりした村落が見え、きわだつような寺の屋根が黒い瓦を反りかえらせている。
「さあ、もうよかろう。大事かものば見せてくれんね」
「宿についてから」きわはいった。「旦那さんの似顔絵ばちゃんと描いて貰うたら、褒美《ほうび》にあげますけん」
「わかったぞ」
「何がわかんなはったと」
「ぬしの隠しとるものの正体たい」
「あててみんしゃるとよか」
「矢張りやめとこう」
「あてずっぽうのことば考えとんなさったとでっしょ」
「ぬしの乳首に生えとる長か宝物たい」
 ぶつ真似をするきわの手を逃れて、井吹重平はふふと笑った。
「ほんなこつはまあだよかことをいおうとしたとばってんね」
「旦那さんの思うとんなさることはみんな見えとりますもんね」
「見えとるならいうてみるとよか。おいが何をいうつもりだったとか。……」
「恥ずかしかことはいえまっせんと」
「そいじゃ、きわもおなじことば思うとったらしかな」
「旦那さんは人のわるか。……」
 柿と夏蜜柑《みかん》の木を交互に植えた畑地がしばらくつづき、それまで歩いてきた峠の裾に遮《さえぎ》られて、白い海原が消えると、なぜかそこだけ起伏の激しい道がふたたびなだらかさを取り戻す。二人の目を奪う墓地はそれから間もなく忽然《こつぜん》として行手にあらわれたのである。低い木塀《きべい》に囲まれた石塔が珍しかったのではなく、三十余の墓石の前におかれた花瓶《かびん》に、ひとつひとつそれこそあますところなく挿《さ》された彼岸花の赤に、わが目を疑ったのだ。
 長崎ではすでにひと月前に咲き終えた花がなぜ今頃乱れるまでの匂いを漂わせているのか。田畔《たあぜ》や草地ではなく、墓地であるだけに一層それは艶《なま》めかしく、奇異な気色に包まれる。
「何処の堤から採ってきたとやろか」
「堤。……」井吹重平はいう。「なして堤というとね」
「彼岸花がほかの花になろうとすっと、何時も堤の傍に咲くとよ」
「なしてほかの花にならにゃいかんとね」
「人間でも誰でもそんげん時のあっとでっしょ。自分のくらしや顔付きまでたまらんごとなってくる。花でもおんなじ。……」
 かよの墓と書かれた墓石の半分地中に埋められた細い花瓶に、一旦のばしかけた手を中途でやめると、きわは呟くように胸の内で祈る。
 おかしゃま、見ちゃならん花ば見たとなら、助けてくれまっせ。三十日も遅咲きの彼岸花がどうか旦那さんの凶事にならんごと、天から守ってくんしゃい。
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