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日本史の叛逆者13

时间: 2019-05-24    进入日语论坛
核心提示:     13 九州地方の領地替えと後始末を、とりあえず羽柴秀吉《はしばひでよし》に一任した織田信長《おだのぶなが》は、こ
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 九州地方の領地替えと後始末を、とりあえず羽柴秀吉《はしばひでよし》に一任した織田信長《おだのぶなが》は、これから先の天下平定計画を見直すために、近衛《このえ》軍団ともいうべき蒲生氏郷《がもううじさと》指揮下の二万の軍勢を連れて、いったん近畿《きんき》に戻った。
 信長は、まずどうしても抑えておかねばならないところがあると思っていた。
 それは京《きよう》、朝廷である。
「上様。四国攻めをなさるのではなかったのですか」
 と、娘婿《むすめむこ》で近衛軍団の大将でもある蒲生氏郷がたずねた。
「まず、取ったところを固めるのが先だ。褒美《ほうび》もやらねばならぬ。新しい領地も与えねばならぬ。そのためには、負けた者から領地を召し上げることも必要だ。こういうことは覚えておけ。早ければ早いほどよいのだ」
「それを羽柴殿に?」
 信長はうなずくと、
「あの男は、褒美の出し方はわかっておる男だ。あやつめにとりあえず九州の論功行賞《ろんこうこうしよう》を任せ、その上で四国征伐軍を編制させる。四国には九州の豊後《ぶんご》の側からと、こちらの大坂《おおさか》側からと二手に別れ、十万の大軍が攻めることになろう」
「十万?」
 氏郷は、その人数の多さに目を見張った。
 もちろん、九州征伐にもそれぐらいの兵は動員されているのだが、今回は九州を征服し、島津《しまづ》の精強な軍団を配下に置いたことによって、信長軍の機動力はさらに高まったのである。
 全体が十万なのではない。つねに動かせる軍団が十万あるということだ。いや実数は、さらにその倍以上ある。
 というのは、その十万にはこの近衛軍団は入っていないし、関東には滝川一益《たきがわかずます》、北陸には柴田勝家《しばたかついえ》率いる、それぞれ数万の軍団が常駐している。
 中国、九州を合わせた人数も、単に十万だけというわけではない。遠征の場合、兵をすべて動員していくわけではなく、留守居《るすい》の人数がかならず残るから、それも含めれば、信長軍の総勢は十二万にも十五万にもなる。
 正直なところ、信長もまだその実数を把握していなかった。
 実数については、秀吉が九州地方の諸大名の配置と論功行賞を終え、四国征伐軍を編制する段階で、初めて中国、九州を含めた軍団の総勢が明らかになるだろう。
 もちろん、四国征伐はおそらく容易に行われるであろうし、その先、四国の武士たちがさらに織田軍団に組み入れられることになるだろう。そうすれば、さらに総勢は膨《ふく》れ上がる。
 四国全体を支配する長宗我部《ちようそかべ》の勢力は、たしかに侮《あなど》りがたいものはあるが、それにしても十万以上の大軍に抗すべき力はないはずである。
 しかも、もともと土佐《とさ》一国から興った長宗我部は、讃岐《さぬき》、伊予《いよ》、阿波《あわ》の三国を征服する段階において、かなり無理なこともやり、恨みを買っている。
 現にそのとき、讃岐を追い出されるかたちになった三好《みよし》一族は、信長に保護を求めてきており、信長は、この面倒を秀吉に見るよう命じているのである。
 秀吉は最近、三好家の長老|笑岩《しようがん》ときわめて親しくしており、笑岩は、秀吉の意を迎えるためもあって、その甥《おい》を本家の養子に迎え入れている。三好家といえば、足利《あしかが》将軍家の執事を務めるほどの名門だが、これも時の流れであった。
 いまにして思えば、四国勢力のうち三好家の世話を秀吉に命じ、それと対立する長宗我部の世話を明智光秀《あけちみつひで》に命じたことが、本能寺《ほんのうじ》の変の遠因と言えるかもしれなかった。
 信長は、近畿《きんき》に戻ってくると、大坂にも行かず、かといって本拠地の安土《あづち》もめざさず、いきなり京に入った。
 そして、本能寺のあの光秀が焼き払った焼け跡に行き、仮屋を構えて、一度そこにとりあえず本拠を置いた。
 本能寺の変のときとは違って、このたびは二万の軍勢が信長を守っている。その二万の軍勢は、本能寺周辺の寺院にそれぞれ分宿した。
「なぜ安土に戻らず、京に参られました?」
 氏郷はたずねた。
 これは不思議なことであった。信長にとって、京は危うく命を落としかけた因縁の地である。この縁起の悪い土地に、しかも本能寺の焼け跡に仮屋を構えるとは、いったいどういうことなのであろう。
「わからぬか」
 信長は笑った。
「まあこれから、余《よ》のやることを見ていることだ」
 信長は、氏郷が下がると、あらためて仮屋から本能寺の庭を眺めていた。
(まさに危機一髪《ききいつぱつ》であったわ)
 信長は、しみじみそう思った。
 もしあのとき、高柳左近《たかやなぎさこん》の注進《ちゆうしん》がなかったら、いまごろ自分は、この本能寺とともに灰になっていたにちがいないのである。
 もし、あのとき左近の注進がなく、光秀の思惑《おもわく》どおりに、この本能寺が隙間《すきま》なく囲まれてしまったとしたら、おそらく信長は、まず弓や槍《やり》や鉄砲を取って、さんざんに抵抗し、その後、敵に首を渡すまいと腹を斬《き》り、みずから居室に火をかけたにちがいないのである。まさに、一寸先《いつすんさき》は闇《やみ》とはこのことだ。
「そうだ」
 信長は突然、立ち上がって、近習頭《きんじゆがしら》の森蘭丸《もりらんまる》を呼んだ。
「お蘭、お蘭はおるか」
「はい、御前《おんまえ》に」
 蘭丸は、あらかじめ近くに控えていたのか、ただちに廊下に姿を現し、膝《ひざ》をつき、一礼した。
「高柳左近を呼んでまいれ」
「はっ、ただちに」
 しばらくして、左近が来た。
 左近は、あの日以来、信長のお側衆《そばしゆう》として近衛軍団に組み入れられていたのである。
「お召しにより参上しました」
 左近は、信長の前に一礼した。
「よう参った。実はいま、あの日のことを考えていたのじゃ」
 信長は言った。
「あの日のことと仰《おお》せられますと?」
「六月一日の夜じゃ。あの光秀めが謀反《むほん》を起こした夜のことよ」
 信長はしみじみと、
「いま思ったのだ。もし、そちがいなければ、いまごろわしはこの寺とともに、あの焼け残りの材のように黒く焦げ、あるいは灰となって、影も形もなかったであろうとな。そちのおかげじゃ。礼を言うぞ」
 信長は頭を下げた。
 左近はびっくりして、ふたたび平伏し、
「もったいないお言葉でござります。家来が主君に対して、忠を尽くすのは当然のこと」
「それならばよいのだが、中にはそうでない者もおる。左近、待たせて悪かった。そちに褒美を与えたい。望みがあれば申してみよ」
「はあ」
 左近は、突然のことでとまどい、いろいろと思いをめぐらせた。
「何がよい。領地か、それともしかるべき地位か。あるいは茶道具、刀、槍《やり》、馬の類《たぐい》でもよいぞ」
 信長は、上機嫌だった。まさに命の代償ともいうべき、この褒賞《ほうしよう》は、いくら高くても高すぎるということはない。
「それでは、茶会を開く資格をお与え願えれば幸甚《こうじん》に存じます」
 左近は言った。
 一見、欲のない望みだが、織田家中にあっては、かならずしもそうとは言えなかった。
 信長が茶好きであるために、家臣一同茶を嗜《たしな》む者は多いが、みずから亭主となって茶会を開く資格というのは、秀吉をはじめとする、ほんのわずかの軍団長とも言える高級武士にだけ認められている特権なのである。
 関東|管領《かんれい》として厩橋《うまやばし》城にいる滝川一益は、武田《たけだ》征伐で敵の当主|勝頼《かつより》を追いつめ、自刃に追い込むという一番手柄だったが、その手柄の褒賞として、領地よりも茶道具を望んだほどであった。
 茶道具は、いまや一国一城に匹敵する宝である。これは、織田政権における一種の勲章とも言うべきものであった。
 もちろん信長は、意識的にそれに価値を持たせたのである。
 もともとは土塊《つちくれ》や竹のかけらでしかない茶道具が、これほどの価値を持つようになったのも、茶道の大流行ということのほかに、信長がそれを積極的に奨励したからである。
 茶道具は信長以外に持ってはならぬということは、禁令としては出せるが実効性はない。そんなものは、いくらでも隠し持つことができるし、信長以外茶をやらなくなっては、茶道の価値がかえって落ちてしまう。
 しかし、自分の家来に茶会を開く資格を与えるか与えないかということは、信長の一存ででき、なおかつ厳格に守らせることができるものであった。
 すなわち、織田家中の武士にとって、みずから亭主となって茶会を開けるというのは、きわめて魅力ある立場なのである。
 信長は、それを知っているから、からからと笑った。
「こやつめ。なかなか抜け目のないやつだ」
「恐れ入ります」
 左近は、恐縮して言った。
「だが、左近。渋るわけではないが、茶会を開く資格は、この織田家中でも大将と呼ばれる者、および少数のお伽衆《とぎしゆう》以外は許しておらぬのだぞ」
「存じております」
「したがって、茶会を開く資格を与えるということは、やはりそちを一手の大将にせねばならぬ」
「いえ、それは望みませぬが」
「そうはいかぬ。世の中には決まりというものがある。だが、左近。わしは、そなたに感謝はしておるが、そちに本当に数千の兵を率いる力量があるか、それは、まだしかとは確かめておらぬ。それゆえ、とりあえずそちを侍大将《さむらいだいしよう》に取り立て、二千|騎《き》を預けることにする。その二千騎で思う存分、働いてみるがいい。もしそれで、わしの眼鏡《めがね》にかなえば、すぐにでも茶会を催す資格を与えることにいたそう」
「かしこまりました。上様のご期待を裏切らぬよう、粉骨砕身《ふんこつさいしん》いたす所存でござります」
「うむ、頼むぞ」
「それにつけて、一つお願いがあるのでござりますが」
「なんだ?」
「かつて明智家に属し、その家中として働いた者は、いまは上様のご寛大なるお許しによって、そこそこの各仕事は得ておりますが、なにぶん新参者ゆえ位も低く、俸禄《ほうろく》も少なく、難儀をしておる者が多くいると聞きおよびます。なにとぞ、この者たちを拙者《せつしや》の麾下《きか》として召し抱えることをお許しくださいませ」
 左近は言った。
 信長の配下としての明智軍団は、光秀の反乱によって壊滅した。しかし、戦死した者は多くはなかった。残りの者は、いわばほかの軍団に吸収される形で再就職したのである。
 しかし、そこは再就職であるから、かつての地位を得られるというわけにはいかなかった。家老であった者は侍大将に、侍大将であった者は単なる使い番にと、一段階落とされての再就職であった。
 しかし、中には年配の者もおり、家族が大勢いる者もいる。これまで五千|貫文《かんもん》の俸禄をもらっていた者が、いきなり千貫文では暮らしも成り立っていかない。
 そういう者を、あらためてできるだけもとの地位に近い形で召し抱えることを申し入れたのである。これが実現すれば、助かる者は大勢いる。
 信長はうなずいた。
「よかろう。許すぞ」
「かたじけのう存じます」
「では、下がってよい。俸禄などについては、のちほど沙汰《さた》する」
 左近が退出すると、信長はふたたび蘭丸を呼んだ。
「お蘭。山科中納言《やましなちゆうなごん》を呼んでまいれ」
「はっ、山科|卿《きよう》でござりますか」
「そうだ。この信長が急ぎ面談したきことがあるとお伝えせよ」
「かしこまりました」
 中納言山科|言経《ときつね》は、その父の代から信長の父|信秀《のぶひで》とのつき合いを持っていたほどの、織田家とは深い縁を持つ公家《くげ》であった。
 もともと信長の父信秀は、連歌《れんが》をよくし、そのため和歌や王朝文化にも造詣《ぞうけい》が深く、蹴鞠《けまり》も嗜《たしな》んだ。そして、しばしば戦乱に悩まされ、ろくな方便《たつき》もない貧乏公家を尾張《おわり》名古屋の本拠に呼び寄せては興を催し、親しく交わりを結んでいた。
 信長がやすやすと京に進出できたのも、実は父の代から懇意にしている、こうした公家勢力の後押しがあってのことでもある。
 その縁から、信長と朝廷との交渉は、あいだに山科中納言が立つことが多かった。
 もっとも最近は、信長の地位も中納言をはるかに超えた右大臣《うだいじん》となったため、直接、関白《かんぱく》や元関白に対して物言いができるようにはなっている。
 したがって、山科中納言の存在価値というのは、薄れつつあったのである。
 信長の言うことは、ただちに理解し実行する蘭丸が、一度その名前を聞き返し確かめたのも、最近はそういう事情があるからであった。
 一刻ほどして、山科言経は、あたふたと本能寺の仮屋に駆けつけてきた。
 信長は、緋毛氈《ひもうせん》を敷かせ、茶をたてて言経を待っていた。
「中納言殿、よく参られた。まずは一服、喫《きつ》せられよ」
 信長は、みごとな点前《てまえ》で、亭主として茶をたて言経に勧めた。
 言経は、緋毛氈の上に座り、信長の茶を受けると、作法どおりそれを飲んでみせた。
「焼け跡に野点《のだて》とは、なかなか風流なこしらえでござりますな」
 茶を喫しおわると、言経は、信長を探るような目で見た。
 いったい、なぜ自分が呼ばれたのか。それを探りたいと思ったのである。
「たしかに風流。まさに世の無常《むじよう》、盛者必衰《じようしやひつすい》の理《ことわり》を楽しむ茶席とでも申そうか」
 信長は、にこりともせず、
「もし、あの光秀めの企てが成功しておれば、いまごろわしは、ここの土となっておった。それを思うと、この茶のうまさがしみじみと伝わってくるのでござるよ、中納言殿」
「左様《さよう》でござりましょうな」
 言経は、内心ひやひやしていた。
 実は、信長がなぜここに自分を呼んだのか。心に咎《とが》めるものがあったのだ。
(しかし、まさかそのことには気がついていまい)
 言経は、平静を装うことにした。
 信長は、そんな言経の心の動きをすでに読んでいた。
「中納言殿。それにしても不思議なことでござろう」
「何がでござりますか」
「光秀が謀反《むほん》のことよ。あの馬鹿律儀《ばかりちぎ》な織田軍団きっての堅物《かたぶつ》が、なぜ主君に反逆するという、とてつもない大罪を犯すことを思いついたのであろうな」
「それは——」
 言経は、信長の鋭い視線から目をそらすようにし、言質《げんち》を取られまいと、
「人の心はわからぬと申しますからな」
「なるほど。人の心はわからぬと仰せられるか」
 信長は、凄《すご》みのある微笑を浮かべ、
「たしかにそうかもしれぬ。わしも、実は光秀を目の前に引き据《す》えさせ、なぜ謀反を起こしたのじゃと問うたのでござるよ」
「それで日向《ひゆうが》殿は、なんと答えられたのか」
「拙者《せつしや》には人の心がわからぬと、なじりおった。これまでさんざん積み上げた長宗我部《ちようそかべ》との友好を踏みにじり、そのことに対しては一言の断りもなく、人を人として考えておらぬとな」
「なるほど」
 言経は、そのとおりと言いかけて、かろうじてつぎの言葉を飲み込んだ。そんなことを言ったら、信長にどんな目に遭《あ》わされるかわからない。
「いや、中納言殿。そのとおりなのだ。この信長、たしかに人を人とも思わぬところがあった。そのことは、いまはみずからを省み、二度と繰り返すことはないとは思っておる。ただ、それにしても不思議なのは、そのきっかけじゃ」
「きっかけと申されると?」
 言経はなんとなく、いやな予感がした。すぐに、この場を逃げ出したい気持ちもした。
 だが、そんなことをしたら、かえって藪蛇《やぶへび》になる。あえてとどまり、恐るおそるたずねた。
「いや、きっかけと申すのは、仮に光秀が日ごろ、この信長に不満を抱いていたことは事実としても、なぜあの日にかぎってそれが暴発したのかということでござるよ」
「————」
「あの後、口さがない京童《きようわらべ》は、この信長が光秀めから領地を召し上げたの、俸禄を取り上げただのということを噂《うわさ》しておった。だが、そのような事実はかけらもないのだ。余はただ、光秀めに秀吉の応援に行けと言ったにすぎぬ。それなのになぜ、突然あの男は謀反を決意したのか。この点、いかが思われるかな、中納言殿」
「いや、それはまったくわかり申さぬ」
「はたしてそうか」
 信長は、声を荒らげて言経を見た。
 言経は、震え上がった。
「もう一つ、おかしなことと言えばおかしなことがある。この信長、もしあのとき安土におれば、いくら光秀でも謀反は決意しなかったはず。仮に、一万五千の軍勢で安土城の余を狙《ねら》ったとしても、安土城なれば天下の要害であるがゆえに、しばらく持ちこたえられる。そうなれば、何人もの我が家来、羽柴秀吉あるいは柴田勝家らを呼び戻すことができる。しかし、京のここで襲われたら、ひとたまりもない。だが、余は光秀に京に行くなどということは、一言も言った覚えがないのだ。なぜ、光秀はよりによって余がこの京の本能寺に、しかも少人数で宿泊していることを知っていたのか」
 いまや、言経は冷や汗を流し、喉《のど》はからからだった。そして、この場を一刻も早く逃げ出したかった。
 だが、それはできない。何よりも、蝮《まむし》のような信長の視線に射すくめられて、動くことができないのだ。
 信長はうって変わって、気味の悪いほど優しい声になり、
「中納言殿、教えて進ぜよう。それはこうじゃ。余が京におり、少人数でいるということを、だれかが光秀に知らせたのだ。そしてもう一つ、その知らせた者は、いまこそこの信長を討つ好機と、けしかけたにちがいないのだ」
 信長は、さらに言葉を次いで、
「もっとも、あの馬鹿律儀な男が単にけしかけられたから立ち上がろうとは、とうてい思えぬ。だが、余はさんざん考えてみてわかった。もし光秀が、この信長以外の命令を聞くとしたら、それはただ御一人しかない」
 言経は目を瞑《つむ》った。
 信長が、もう真相に気づいていることは明らかであった。
 しかし、いまさらそうではないとは言えないし、かといってそれを肯定する言葉など吐くわけにはいかない。
「公家《くげ》は都合が悪くなったら、目を瞑る」
 信長は、皮肉たっぷりに言った。
「だが、そのほうがかえってよく声が聞こえよう。それでは申そうか、中納言殿。光秀を動かす力は、ただ一つ。それは、畏《かしこ》きあたりから逆賊信長を討てとの勅状《ちよくじよう》が下ったからであろう。もちろん、その勅状を下すにあたっては、周りの公家が唆《そそのか》したにちがいないがのう」
「そんなことはござりませぬ」
 やましい言経は、目を開け、必死に叫んだ。
 そうでも言わねば、信長が本当にそうだと確信しているとすれば、少なくともこの一挙に加担した公家たちは皆殺しにされる。
 その恐怖から、言経は叫ばざるを得なかった。
「隠し立ては無用」
 信長は一喝した。
「考えてもみられよ。あのとき、拙者が京に参ったのは、賢きあたりより、ご退位され一宮実仁《いちのみやさねひと》親王に御位を譲られるという御状があったからだ。それを補佐しにきてくれよとの御言葉があったからこそ、この信長、取るものも取りあえず身支度だけ整えて、京に入ったのでござる。それが、お上の御意思であることを伝えてくださったのは、言経|卿《きよう》、あなたでしたな」
 柔らかな日差しの中、あくまでも明るい太陽のもとで交わされる会話としては、まったくそぐわないものであった。
「これでおわかりのことと存ずるが、もはや、この信長、忍耐の限度を超え申した。このことに関しては、きっちりと返させていただく」
「まさか、右大臣殿」
 言経は叫んだ。
 正しくは、いまの信長は右大臣ではない。右大臣になってすぐ、その職を辞退しているから、形式上は無官の人物である。
 だが、あくまで皇室の秩序の中に信長を置きたい公家たちは、信長のことを右大臣および前右府《さきのうふ》と呼ぶ。
 これには、信長を朝廷秩序の中に組み込みたいという願いが込められている。そして、公家と仲間同士であるという意味も込めている。
 そのことを念じて、言経は信長に哀願した。
「まさか比叡山《ひえいざん》のように、この国のもっともおそれ多きところを焼き払おうというのではありますまいな」
 言経の全身に冷や汗が流れた。
 信長は、不気味な笑いを浮かべて、言経を見た。
 言経は、腰を抜かして動けない。
(まさか、本気で御所《ごしよ》を焼き討ちする気ではあるまいな)
 言経はあまりの恐怖に危うく失禁しそうだった。
「だとしたら、どうする?」
 信長は、言経の心の内を言い当てて言った。
「そ、それは、大逆の大罪でござるぞ。この国|開闢《かいびやく》以来、そのような者は一人としてない」
 言経は、必死になって叫んだ。
「この信長が、その我が国開闢以来の者になろうと考えているとしたなら、どうする気か、と聞いているのだ」
 信長は、凄みをきかした。
「いや、まさか、右府殿、本気ではあるまいな」
「右府ではない。余は、すでに右大臣の職にはない。呼ぶなら、前右府と呼べ」
「で、では、前右府殿、前とはいえ、貴公も朝廷の臣として主上《おかみ》にお仕えした身ではないか。——まさか、かような暴虐は犯されるな」
「公家とは、しぶといものよ」
 信長は苦笑して、
「忠を尽くすも尽くさぬも、この命あってのこと。この命を奪わんとする者には、牙《きば》を剥《む》くのが当然ではないか」
「————」
「明日|申《さる》の下刻(午後五時ごろ)、この信長、御所に向かい、卿の言う『開闢以来の者』になってみせようではないか」
「——ま、まさか」
「その前に、卿から申し受けたいものがある」
 信長は立ち上がった。
 蘭丸が、太刀《たち》を信長に差し出した。
 その白刃《はくじん》は、言経に向けられたのである。
「ふふふ」
 信長は不気味に笑った。
 言経は信長を見た。
「もし余が、比叡山《ひえいざん》のごとく御所を焼き討ちすると申したら、どうする?」
「ひえー」
 と、悲鳴をあげて、言経は腰を抜かした。
「なりませぬ」
 言経は、それでも必死に叫んだ。
「なぜ、ならぬ?」
「知れたこと。それは大逆の道。天をも恐れぬ所業でござりますぞ。そのような大悪行をなした者は、この日《ひ》の本《もと》開闢以来、一人もおらぬ。信長殿は、千載《せんざい》の悪名をかぶられるつもりか」
「仕方あるまい。殺さねば殺される。そのような立場に、この信長を追い込んだのは、その御方《おかた》なのだからな」
「なりませぬ」
 言経は、身体の中にある勇気を最大限に振りしぼって、信長に取りすがった。
「それだけはなりませぬ。伏してお願い申す。どうか思いとどまりくだされ」
 信長は、冷ややかな目で、ちらりと言経を見ると、
「公家とは、皇室の藩塀《はんぺい》だと言う。ならば、尊き御方の身代わりとなって、首を刎《は》ねられる覚悟があると申すのだな」
「それは——」
 言経は、ためらった。たしかに、そういう覚悟はあるべきものだ。ただ、いまこの場で急に言われても、死ぬ決心はつかなかった。言経は武士ではないのである。
「どうした。命が惜しいか」
「惜しゅうござる」
 言経は叫んだが、すぐに言葉を次いで、
「しかしながら、右大臣殿の名も惜しゅうござる」
「余の名が惜しいとは、いかなることだ」
「朝敵《ちようてき》として、千載の汚名を残すことでござります」
「申したではないか。そのように仕向けたのは、主上《おかみ》のほうなのだとな」
「お怒りはごもっともながら、どうかお鎮《しず》まりくだされ。この日の本に生を受けたる者として、ただ一つなしてはならぬことは、そのことでござります」
「いや、余の決意は変わらぬ」
 信長は、言経を突き放すと、
「帰ったら伝えるがよい。この信長、一度決心したことは変えぬ。明日、申の下刻に御所を焼き討ちする。そのように主上にお伝えしてくれ」
 言経は、もはや冷静さを失っていた。
 こんなことがあっていいものだろうか。だが、そのことは一刻も早く伝えなければならない。
 言経は、腰が抜けたまま、這《は》うようにしてその場を退出しようとした。
「待て」
 信長が叫んだ。言経は驚いて、四つん這いのまま振り返った。
「な、なんでござろう?」
「余の考え、しかとわかったであろうな」
「は?」
 言経は、首をかしげた。
「鈍い男じゃのう。よいか。明日、申の下刻に、焼き討ちすると、余は申したのだ。よいか、明日の申の下刻じゃぞ」
 信長は、その言葉を強調した。
 言経も、そこまで言われて、はっと気がついた。まだ明日までには一日ある。
「で、では、事と次第によっては、おとどまりくださるということか?」
 その問いかけに、信長は大きくうなずいた。
「何を条件になさるのか?」
「それはわかっておろう。この信長、何度も言った。いまさらつけ加える気はない。一刻も早く、このことを主上にお知らせすることだな」
「かしこまった」
 言経は這々《ほうほう》の体《てい》で、その場を逃げ出した。
 信長は、ただちに兵を発して、御所を厳重に包囲し、蟻《あり》の這い出る隙間《すきま》もないほど固めた。
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