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日本史の叛逆者32

时间: 2019-05-24    进入日语论坛
核心提示: 大津京から北へ一里、かつて王宮の人々が山菜摘みに訪れたところである。 その王宮も今はない。 兵火にかかり、すべて焼失し
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 大津京から北へ一里、かつて王宮の人々が山菜摘みに訪れたところである。
 その王宮も今はない。
 兵火にかかり、すべて焼失した。
 その裏山というべき御井《みい》の地に、若き帝は追い詰められていた。
 従う者、わずか三人、物部連麻呂《もののべのむらじまろ》ら側近中の側近のみである。
 あとはすべて討たれ、逃れ、一国の王者たる大友に従う者は、これがすべてであった。
「麻呂よ、もう、よい」
 帝は森の中で、腰が砕けて座り込んだ。馬もない。
 瀬田川の守りを破られ、粟津も敵に奪われた。そして大津京の宮殿まで焼かれた今、もう逃れるところはどこにもない。
 一山越えた山背《やましろ》国中央に位置する盆地が、平安京《きようのみやこ》となるのは、この時より百二十年も後のことだ。
 東国への道は大海人の本軍によって閉ざされている。西への道もない。
 帝の軍団はすべて壊滅していた。
「これまでじゃ。父上のもとへ参る」
 帝はあえぎながら言った。
「何を気の弱いことを仰せられまする」
 麻呂は叱咤した。
「もう逃げ場はない。まもなく追手がかかろう。捕虜としての辱しめを受けるなら、死ぬ方がましというもの」
「それはまだ早うございます」
「早くはないぞ、われらには馬はない。敵は馬に乗っておる」
 帝の顔は青白く生気がなかった。
(無理もない)
 と、麻呂は思った。
 この一月《ひとつき》の間に、この若い帝の周辺に起こったことは、あまりにひど過ぎた。
 大海人の挙兵はあくまで叛乱である。
 この国を治める正当なる主権者、この若い帝への大逆の罪である。
 今まで、こんなことが一度でもあっただろうか。いや、あったかもしれぬ。しかし、たとえそんなことがあったとしても、帝の軍勢が負けるはずはない。帝の位は天の神が守護するものであるはずだ。
 だが、負けた。
 それも、初めは圧倒的に有利で、叛乱軍とは比較にならない兵力で臨んだはずなのに、あっという間に負けた。
 帝が衝撃を受けたのは、信頼していた部下に次々と裏切られたからだ。
 特に尾張国司小子部連※[#「金+且」、unicode924f]鉤の裏切りは痛かった。これにより二万の軍勢が味方から敵へと鞍替えしたことになる。しかも、東国との連絡がこれにより断たれた。
 仮に東国の豪族が帝に味方したいと考えても、尾張から不破の関にかけて、一帯を封鎖されてしまったら、どうしようもないのだ。おそらく東国では、この乱が起こったことさえ知らない者が多いのではないか。
「あの枝がよい」
 と、帝は近くのブナの木を指さした。
 縊死《いし》のためである。
 貴人は首をつって自殺するのが習わしであった。
 麻呂は諫止したが、帝は言い張ってきかない。
 そのうち下の方から兵馬の叫びが聞こえてきたので、麻呂は仕方なく舎人に命じて、枝から帯を垂らした。
「これでよろしゅうございますか」
 帝はうなずいて、まるでこれから遠乗りに出かけるような風情で立ち上がった。
 そして冠を脱ぐと、麻呂に渡した。
「苦労であった。朕が最後の願いじゃ、肩を貸せ」
「はい、それは——」
 麻呂がためらっていると、帝は怒って、
「早くせい」
「はい」
 麻呂は大地に跪《ひざまず》いた。
 帝はまるで階段を上がるように麻呂の肩に登り、枝から垂れた帯の輪の中に、首を通した。
「世話になったな、朕はこれからゆく。皆は勝手にするがよい。——ああ、麻呂、もう一つ頼みがある」
「何なりと仰せられませ」
「わが首を敵に渡すな」
「——かしこまりました」
 声がつまって、麻呂は嗚咽した。
 舎人たちは感極まって号泣した。
「泣くな。人はいつか死ぬものではないか」
 帝はいったん目を閉じた。
 しかし、思い直したように目を開くと、
「わが后《きさき》は、われを裏切ったのであろうか?」
 麻呂も、舎人たちも、帝の疑問に答えることはできなかった。
 答えがわからなかったのではない、誰もがわかっていた、唯一人若き帝を除いて——。
 突然、麻呂の肩に衝撃がきた。
 はっとして麻呂がうつむいていた顔を上げると、帝の体は既に宙に浮いていた。
「痛い」
 押し殺したような声が頭上からした。
「痛い、痛い」
 麻呂は立ち上がって帝の体を支えたい衝動にかられた。
(だが、助けて、どうなるものでもない)
 麻呂は、同じく助けようとした舎人たちを止める側に回った。
 もはや帝には二つの道しか残されていない。
 密《ひそ》やかな死か、屈辱の生か。生を採ったところで、生きられる時間は極くわずかだ。
 ならば死ぬ方がいい。
 長い時間だったのか短い時間だったのか、気が付くと帝は声も立てず、ただぶらさがる物体になっていた。
 麻呂は太刀で帯を斬り、その玉体を受けとめた。
 少年の面影がまだ残っている顔が、うっ血のため赤黒くふくれあがっているのを見て、麻呂は初めて大声で泣いた。
 その玉体を、麻呂は舎人たちに命じて森の中に埋めた。
 埋めるといっても、鍬《くわ》も鋤《すき》もない。埋めるというより土をかぶせることしかできなかった。
 麻呂は、そこで二人の舎人を解き放った。
 これ以上、この場にいる必要はない。
 仕えるべき主人は既になく、この場を去らねば遺骸を敵に発見される。
 三方に別れて散ることになった。
 麻呂は北を目指した。
 山並みに沿って目立たぬように北へ向かい、湖に出て越前へ抜けようと思ったのである。
 麻呂の不幸は、ほんの一里も行かぬうちに、大海人の命を受けてこの地に現われたばかりの虫麻呂に見付かったことだった。
「物部麻呂よ、どこへ行く」
 頭上から突然声がしたので、麻呂は太刀の柄に手をかけた。
「何者だ」
「わしだ、お見忘れかな」
 木の上から虫麻呂が飛び降りた。
「おのれは虫麻呂」
 麻呂は憎悪の目で虫麻呂を見た。
「お久しぶりでござる。御無事で何より、お喜び申し上げる」
「なんだと、ぬけぬけと」
 麻呂は太刀を抜き払った。
「お教え下され、帝はいまどこにおわす」
「知らぬな」
 太刀をふりかぶって、麻呂はじりじりと間合いを詰めた。
「帝の舎人|頭《がしら》たる貴殿が知らぬはずはございますまい。それとも、森の中で道に迷われたとでも申されますのか」
 虫麻呂は、ふと麻呂の両手に注目した。
 ただ森の中を歩いてきたというだけにしては、手が泥で汚れ過ぎている。
(さては——)
 虫麻呂が直感すると同時に、麻呂は気合いを込めて太刀を打ち込んできた。
 だが、虫麻呂にとって、日頃剣をろくに扱ったことのない麻呂をあしらうのは、赤子の手をひねるようなものだった。
 一合《ひとあわせ》もかわすことなく、虫麻呂は腰に帯びた小刀を抜くことすらなく、麻呂の剣をはたき落とした。
 そして次の瞬間には、肩をねじり上げていた。
 麻呂はその苦痛にうめいた。
 信じられぬほどの激しい痛みである。
「帝は自害されたとみえますな。御遺骸はいずこでござるか?」
「知らん」
「では、この体に聞きますかな」
 虫麻呂は無表情で、力だけを足した。
 麻呂は激痛で目がくらんだ。
「よく考えなされ。あなた様はいま大罪人、このままでは妻子ばかりでなく両親《ふたおや》も親類もことごとく殺されることになりまするぞ」
「——」
「ここは利口に立ち回ることだ。帝の、いや先の帝の御遺骸を差し出すだけでよいのでござる。これで麻呂どのの命は助かり、妻子は幸せになる。これほどよいことはござらぬではないか」
「何を言う、この大罪人め」
「それは昨日までのこと。大友の帝亡き今、もはや天津日継は大海人皇子様のもの。先帝に義理立てしても始まりませぬ」
「——」
「いかが」
「うわーっ」
 虫麻呂は一層の力を込めた。
「あと少しで骨が折れまする。次は左手、そのあとは足へと参りましょうかな」
「やめろ、やめてくれ」
「では申されるな。なんなら、わたくしめが皇子様へ口をきいてもようございます。このたびの勲功、麻呂どのにまさるものはないと」
「——確かに言うか」
「いつわりは申しませぬ」
「わしから、御尊骸の有処《ありか》を聞き出しておいて、すぐに斬り殺そうというのではあるまいな」
「それは致しませぬ」
「なぜそう言い切れる。そなたは手柄を一人占めできるではないか」
「この虫麻呂、手柄を求めたことなど一度もございませぬ。それは、あなた様もよく御存じではございませぬか」
「——」
「そうではございませぬか」
「わかった、わかったから、放せ」
 虫麻呂は言われた通りにした。
 解放された肩を、麻呂はしきりにもんでいた。
 痛みはまだ治まっていない。
 だが、虫麻呂の言葉は信じた。
 確かに、麻呂が虫麻呂の存在を知って以来十数年になるが、功名や手柄を求めたことは一度もない。少なくともその例を知らない。
「では、御案内下されませ」
 麻呂は、まだ痛む肩をさすりながら、今来た道を戻り始めた。
 虫麻呂は黙って後を尾《つ》いてくる。
 その場へ来ると、麻呂は黙って指さした。
 木の枝で隠されてはいたが、地面を掘り返したあとはまぎれもない。
 虫麻呂は素早く枝を取りのけ、地面の土を掘り返した。
 ほどなく帝の死顔が中から現われた。
 麻呂は思わず目をそむけた。
 虫麻呂は何の感傷もなく、腰の小刀を抜くと、その首根に当てた。
「何をする?」
「御《み》首級《しるし》を頂戴致します」
「何のために?」
「皇子様のお言いつけでございます」
 やめろ、と口まで出かかった。麻呂は一歩前に出ようとした。その瞬間をまるで予期していたかのように、虫麻呂は冷やかに浴びせた。
「あなた様は、もはや皇子様の臣でございますぞ」
 振り向いて一言《ひとこと》言うと、虫麻呂はもうさっさと首を斬り離す作業に入っていた。
 麻呂は動けなかった。
 まるで稲を刈るかのように、やすやすと首を斬り離した虫麻呂は、もとどりをつかんでぐいと麻呂の眼前につきつけた。
「これを、わが軍に差し出されい」
「いやだ」
 麻呂は、まだ血のしたたっている首から、目をそむけた。
「虫麻呂、おまえが持っていけ」
「いや、これはあなた様が持っていかれる方がよい」
「——?」
「この首一つで、栄達が望めまする。妻子も両親も安泰でござる」
「わしに、真の裏切り者になれと言うのか」
「それもありまする」
「それもある?」
「このままどこへ逃げようと、あなた様は必ずつかまりまする。その時は、あなた様がこのようになる」
 虫麻呂の言葉に、麻呂は絶句した。
 確かにその通りだ。
「かような目に遭わぬためには、この首を差し出すしかありませぬ」
「そなたはよいのか?」
 虫麻呂はうなずいて、
「先程、申し上げた通り、手柄は、はなから求めておりませぬ」
「——皇子様は、よい御家来をお持ちだ」
 麻呂は半ば本気で言った。
 大海人は、確かにこういう家来を多く持っている。
 それが、最後の勝敗を分けた決定的な要因かもしれないのだ。
 さあ、とばかりに虫麻呂は一歩踏み出した。
 麻呂はおずおずと手を伸ばし、その首の髪を手にからませた。ずっしりとした重味が右手に感じられた。
 それは麻呂がこれから背負う罪の重さを示していたのかもしれない。
「行きなされ、あの丘の向うまで、男依将軍が軍を進めているはずでございます」
 虫麻呂の指さした南の丘に向かって、麻呂はのろのろと前進した。旧主の首をぶらさげて、歩み始めたのだった。
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