佐伯連子麻呂《さえきのむらじこまろ》と葛城稚犬養連網田《かつらぎのわかいぬかいのむらじあみた》もいた。両名は鎌子が特に選んだ若者である。
だが、二人は緊張の極にあった。
鎌子は二人を落ち着かせようと、持参してきた乾飯《ほしいい》を与えた。子麻呂も網田も、それを竹筒の水で胃の腑へ流し込んだが、子麻呂がまず吐き、見ていた網田もつられて吐いた。
「しっかりしろ」
鎌子は、この日のために用意した剣を、二人に与えて励ました。
だが、内心は気が気でない。
(本当に、こやつらで大丈夫なのか)
鎌子は、自らは弓矢を用意していた。
二人が仕損じた時には、これで入鹿を射るつもりである。
だが——。
(万一の時は、これで、こやつらを射た方がよいかもしれぬ)
にわかに別の思案がわいた。
この一挙、失敗すれば命はない。たとえ現場を逃げ出しても、入鹿は蘇我一族の全力をあげて一味の追及に乗り出し、かかわりのあった者を家族もろとも皆殺しにするだろう。
それを防ぐにはこの手しかない。
(待てよ。こやつらを消しても、中大兄皇子が残っている)
鎌子はそのことに気付いた。
この二人を消し、その功によって入鹿に重く用いられようとしても、中大兄が捕まって自分も一味だと証言すれば、すべては水の泡になる。
もし裏切るなら、中大兄をこの手で消さぬ限り、功とはならぬ。
(どうする、そうするか)
「来たぞ」
突然、背後から声がかかった。
鎌子はぎくりとして振り返った。
漢殿だった。
並々ならぬ鋭気が、その全身から感じられる。
「これはこれは」
鎌子は一礼した。
「どうだ、中の様子は?」
「大臣は入られ、石川麻呂殿が上表文を読み上げるところにござります」
「ならば、手筈通りだな。宮門は既にすべて閉まっている」
中大兄の指図だった。
大極殿に通じる十二の門は、衛門府を味方に引き入れた中大兄の命により、すべて閉じられていた。
中にいるのは、大臣の従者三人を除けば、すべて味方か、中立の勢力である。
「では、参りましょう」
漢殿の存在が、鎌子の心をまた変えた。
中大兄を消しても、漢殿まで消すことは難しい。それより入鹿一人を倒した方が早道である。
(絶対に逃がさぬようにせねば)
鎌子、子麻呂、網田、それに漢殿の四人は、足音を忍ばせて大極殿に侵入した。