間人は叫んだ。
妹ながら、美しい、と中大兄はいつも思う。
「わかってくれ」
中大兄は先程から同じ言葉を繰り返した。
「嫌です。どうして、わたくしがあんな年上の叔父上の后にならなければならないのですか」
「皇后だぞ、皇后こそ、女のあこがれではないのか」
「いやっ」
間人は中大兄に抱きつき、耳元でささやいた。
「わたくしは兄上のお嫁になるのですから」
「馬鹿なことを言うでない」
青ざめて中大兄は間人を押しのけた。
兄妹婚は許されない。母さえ違えば、それもかまわないが、同母の兄妹は決して結婚できない。
そんなことをすれば、何もかも捨てて遠いところで暮すしかない。むろん、帝の座も皇太子の座も夢の夢となる。
「馬鹿なことでしょうか」
間人は中大兄をにらんで、
「わたくしはそうは思いません」
「わがままを言うでない」
「兄上こそ、わがままです」
「——なぜだ?」
「あの時は、どこにも嫁に行くな、一生わが家におれ、と申されたではありませんか」
「——」
「いまになって、お言葉をひるがえされるなど卑怯です」
「だが、これはそなたのためなのだ。出世だぞ、この国の帝の正妃となるのだ。これ以上の出世が他にあろうか」
たじろぎながらも、中大兄は言った。
間人は身を伏して泣き出した。
(泣かれるのは困る)
中大兄は憮然として、立ちつくしていた。
三日後、間人は新帝のもとに嫁ぎ、皇后となり、中大兄は皇太子となった。