飛鳥寺には、樹齢数百年と伝えられる欅《けやき》がある。
その欅の下に、先帝、新帝、皇太子中大兄、左大臣阿倍内麻呂、右大臣蘇我倉山田石川麻呂をはじめとする百官が参集した。中臣鎌子は、新たに設けられた内臣《うちつおみ》という特別な職に任じられた。
ただ一人、この場に参加していない功労者がいた。
漢殿である。漢殿は相変らず、先帝の子という身分だけで、官位も職階も一切与えられなかった。
新帝が全員を集めたのは、新しい帝に変らぬ忠誠を誓わせるためだった。
「今より以後、君は二つの政《まつりごと》なく、臣は帝に二心《ふたごころ》なし」
南淵請安が起草した誓文が、中大兄によって高らかに読み上げられた。
「もし、この誓いに背かば、天災《あめわざわい》し、地妖《つちわざわい》し、鬼誅《おにわざわい》し、人|伐《う》たん——」
群臣は神妙な顔をして、この誓文に唱和した。
中大兄の表情には、すべてを思い通りに成就させた自信が感じられた。
しかし、中で一人鎌子だけは浮かない顔をしていた。
(漢殿を除《の》け者にして、この先うまくいくのだろうか)
強い日差しが、欅の枝を通して、こぼれていた。