漢殿は、それでいいのかという目で、鎌子を見つめた。
鎌子はひるみを覚えたが、すぐに気を取り直して、
「左様でございます」
と、頭を下げた。
「殺せ、と言うのか?」
漢殿は念を押した。
「いえ、罰するのでございます」
「罰する? 古人大兄様にどんな罪が」
何もない——と口に出かかったが、鎌子はそうは言わなかった。
「叛逆の罪でございます」
「証拠はあるのか」
「——間もなく、吉備笠臣垂《きびのかさおみのたる》という者が、訴人致します」
「ほう、千里眼だな、先のことがわかるとは」
漢殿は皮肉をこめて言った。
「いささか」
「だが、国に対しての叛逆ということになれば、一族皆殺しだ」
「申される通りでございます」
「それを、このわたしにやれ、と言うのか」
「皇子様だけでよいのです。あとは、しかるべき者が始末をつけまする」
「しかるべき者か——」
漢殿は嘆息した。
古人大兄一家の悲惨な未来に、同情を禁じ得なかったのである。
鎌子は依頼が終ると帰って行った。
漢殿は戸棚から、白瑠璃《はくるり》製の瓶を取り出した。
瓶の中には紫色の酒が入っている。
「虫麻呂」
白瑠璃の杯の中に酒を注ぎながら、漢殿はつぶやくように言った。
「はい」
打てば響くように、床下から声があった。
「聞いておっただろうな」
「はい」
「ただちに吉野へ参る。そちは先行して、古人大兄様の身辺を探れ、邪魔する者がいないかどうか」
「かしこまりました」
「では、ただちに行け」
何かためらっているような気配がした。
珍しいことである。行けと言えば、すぐに火の中にでも飛び込むのが虫麻呂である。
「どうした」
「あの、御主人様、あの——」
「なんだ、早く言え」
「はい。古人大兄様はわたくしが——」
「ならぬ」
漢殿は言った。
「古人大兄様はわたしの手で討つ。それが兄君の命令だ。逆らうことは許されぬ」
「——」
「わかったら行け、わたしもすぐに後を追う」
「承知致しました」
虫麻呂は去った。