予期されたことではあった。
漢殿は、百済人の医者を呼び、病人を診《み》させた。
診断の結果も、やはり死病であった。
鏡王《かがみのおう》、それが少女の父の名だった。
王は皇族である。
大王の三世から五世の孫を言う。
しかし、漢殿がいくら聞いても、鏡王は自分の系譜を明かさなかった。
「よいのだ。わしは、ただの雑人として死んで行く」
病み疲れた顔には生気が無かった。
「お気の弱いことを」
漢殿は元気づけた。
鏡王は首を振って、
「わが死ぬる時ぐらいは、わかるものだな。それより、娘のことを頼みましたぞ」
「——わたしは身分の低い者です」
「そんなことはかまわぬ。人間、身分ではない。その証拠に、わしは今、家来の一人もなく死のうとしておるのに、そなたは溌剌と生気にあふれておる」
「——」
漢殿は言葉を失って、鏡王を見つめた。
「わしは観相もする。そなたには、高貴の相がある。あるいは、この国を大きく動かすことになるかもしれんのう」
「御冗談を」
「冗談ではない。死に行く者には、この世がよく見えるのでな。——頼みましたぞ」
そう言って鏡王は目を閉じ、そのまま意識を回復することなく逝った。
漢殿は、館から人を呼び寄せ、屋敷の裏山に塚を作って、鏡王の遺体を葬った。
少女は目を真っ赤に泣きはらしていた。
「人はいずれ死ぬ」
漢殿は少女の両肩に手を置いて、
「それゆえ、人は誰もが、きょうという日を、心をこめて生きねばならぬ」
「——はい」
少女はうなずいて、漢殿の目を見た。
「そなたの名は」
漢殿は名を聞いた。
名を聞くことは、求婚を意味する。
「額田《ぬかた》でございます」
顔を赤らめながらも、少女は、はっきりと答えた。
「そうか、よい名だ。きょうから、わが館に住むがいい」
漢殿も額田の目を見て言った。