五年の歳月が流れた。
難波朝は、改新の詔に沿って、土地制度・官僚制度の改革を次々と実施した。
たとえば、これまでの冠位十二階制を、七色十三階制にあらためた。
最高位が大織冠《たいしよくかん》であり、以下、小織、大繍、小繍、大紫——と続く。
だが、困ったことに、政権の中枢を占める左大臣阿倍内麻呂と右大臣蘇我倉山田石川麻呂が、この新しい身分制による冠をせず、古い冠しか着用しようとしなかった。
帝は、中大兄とも相談のうえ、まず阿倍内麻呂を呼んで、その真意を問いただした。
内麻呂はここぞとばかりに答えた。
「何事も急激な改革は、人々の反感を招くばかりでございます。なにとぞ帝におかせられては、御賢察下さいますよう」
「それは違う。改革とは必要があるからこそするのだ。むしろ、わが言葉に従ってもらいたい」
帝は答えた。
「人々の不満はつのるばかりでございます」
内麻呂は屈しない。
「つのるばかりと言うが、あくまで古き冠にこだわるのは、そなたと石川麻呂だけではないか」
「それは違います。百官すべてが不満を抱いております」
「おかしいではないか」
と、傍から中大兄が言った。
内麻呂は中大兄を見た。
中大兄はすかさず、
「もし、そうなら、なぜ他の者共も冠をそのままにせぬ。冠を代えぬのは左右両大臣だけだ」
「仰せのごとく」
と、内麻呂は軽く一礼して、
「初めは、皆の者も冠を改めぬと申したのでございます。しかし、百官すべてが帝のお言葉を聞かぬとあらば、朝廷の権威がなくなり申す。それゆえ、談合の上で右大臣どのとわたくしが、このようにしたのでございます」
(内麻呂め、考えたな)
中大兄は内心舌打ちをした。
もし、もっと下級の者が冠を改めぬなら、話は簡単だ。その者を、徹底的に厳しく罰し、全員を震え上がらせ、一罰百戒の効果を期待することが出来る。
しかし、左右両大臣では、うかつに罰することは出来ない。
そんなことをしては政権の根底がゆらぐことになる。
「なにとぞ、御再考下さりますよう、お願い申し上げます」
内麻呂は不敵な台詞を残して、その場を去ろうとした。
「待て、左大臣」
中大兄が声をかけた。
「何でございましょう」
「気をつけろ。この国で帝に叛逆する者に、明日はない」
「叛逆と仰せられるか」
内麻呂はさすがに顔色を変えた。
叛逆罪となれば、本人はもちろん一族皆殺しである。
帝の顔色も変った。
「——いや、もののたとえとして、申したのだ。行くがよい」
内麻呂は憤然として去った。
帝は中大兄を見て、
「言い過ぎではないのか」
「お任せあれ」
中大兄は自信ありげに答えた。
「——この改革はきっと成功させてみせまする」