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日本史の叛逆者88

时间: 2019-05-24    进入日语论坛
核心提示: 難波京に残された帝が病いに倒れたのは、それから間もなくのことだった。 初めは軽い病いのように見えたが、日がたつにつれて
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 難波京に残された帝が病いに倒れたのは、それから間もなくのことだった。
 初めは軽い病いのように見えたが、日がたつにつれて段々と重くなり、ついには床から身を起こすのも困難になった。
 百済人の医者が呼ばれて、病状を診断することになった。
「気鬱《きうつ》の病いでござる」
 医者は断じた。
「気鬱とは?」
 息子の有間皇子がたずねた。
「心をふさぐことがございます。それが体の働きを弱めているのでございましょう」
「その心をふさぐこととは、何だ?」
「わかりませぬ。それは、身近に仕えておいでの方がおわかりでございましょう。御不満、御不快、その他もろもろのことでござる」
 医者の言に、有間は怒った。
 医者に怒ったのではない。何が病いの原因なのか、はっきりとわかったからだ。
(中大兄め)
 憎しみは中大兄に向けられていた。
 あの男こそ、この国で帝に対して最も不忠なる者、大逆臣ではないか。
 その大逆臣が飛鳥の地で多くの廷臣にかしずかれ、一方、本来この国を治めているはずの帝の周囲には誰もいない。そんな馬鹿なことがあっていいものだろうか。
 有間皇子は憤然として庭へ出た。
 この頃は、手入れする者もなく荒れている。
「皇子様」
 声をかけられて、有間はそちらを振り返った。
 ひょろりとした、面長の男がその場に跪《ひざまず》いていた。
 有間はその顔に記憶があった。
「赤兄《あかえ》ではないか」
「はい」
 蘇我赤兄、先年謀反の疑いをかけられ憤死した右大臣石川麻呂の弟である。
「何をしに参った?」
 有間は言った。
 咎《とが》めているのではない。そもそも訪ねて来る者すら珍しいのだ。
「——皇子様、わたくしは今の御政道が納得いきませぬ」
「ほう」
「帝をないがしろにする皇太子様のやり方は、人倫の大本を踏みにじるものです」
(本心か?)
 有間は疑っていた。
 うっかり相槌をうって、それを口実に罰せられてはたまらない。
「お疑いか」
 赤兄は、突然はらはらと落涙した。
「ああ、情けなや。わが兄、石川麻呂は何の罪もないのに皇太子に殺されたのでござる。兄はいかに無念であったことでございましょう」
「——」
「皇子様、わたくしは、兄の仇を討ちとうございます。何卒、皇子様の臣としてお仕え申すことをお許し下さいませ」
 赤兄は目を泣き腫らしながら言った。
「わかった、疑って済まぬことをした」
 有間は身をかがめ、赤兄の手を取った。
「志は一つだ。この国の歪みを正し、逆臣を討つ。そなたを同志として迎えるぞ」
「勿体なきお言葉」
 赤兄はうつむいて、また涙をこぼした。
 
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