大海人と阿倍比羅夫率いる後軍がしたことと言えば、船から焼け出され必死になって泳いでくる兵士や、百済人を助け上げたことだった。
助け上げたのは千人近くに及んだ。
敗残兵を収容した船団は、ただちに反転して日本へ向かった。
追撃はなかった。
皮肉なことに、河口で炎上している味方の船が、防壁となって敵の動きを封じたのである。
これが大敗北の中で、唯一日本側が得をした点だった。
しかし、それだけである。
多くの兵と船を失い、一つも得るところがなく引き上げるのである。
百済は完全に滅びた。
日本の野望も潰えた。
そして、残ったのは超大国唐へ反抗したという事実である。
唐に、日本侵攻の絶好の口実を与えたといってもいい。
ただでさえ、唐は周辺諸国を併呑しようという野望を持っている。
その大国に対し、先手を打とうとしたのが、今回の作戦であった。
しかし、失敗したのである。
(日本はこれからどうなるのだ)
大海人は、船の上から半島を見ていた。
確かに、唐は、今は追ってこない。
しかし、十数万の兵を動かすことができる超大国が、ひとたび本腰を入れて日本侵攻に乗り出せば、日本はひとたまりもない。
(日本はこれからどうなるのだ)
大海人はもう一度、自問自答した。
ようやく夕日が西の海に沈もうとしていた。
長い一日は終わったのである。