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日本史の叛逆者127

时间: 2019-05-24    进入日语论坛
核心提示: 中大兄は大津宮で正式に即位して帝《みかど》となった。皇太子には大海人を立てた。皇太弟というわけである。ただ皇太弟といっ
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 中大兄は大津宮で正式に即位して帝《みかど》となった。皇太子には大海人を立てた。皇太弟というわけである。ただ皇太弟といっても名目に過ぎなかった。そういう形で帝は大海人を祭り上げようとしたのである。
 新帝天智天皇は即位するや、さらに強引なやり方で、新都建設を着々と進めていった。
 大海人は黙ってそれを見ていた。
 とりあえずは、帝のやることを見守ろうという気持ちだった。
 諫言はいつでもできる。いや、それよりも、どうせ諫言をすれば帝の機嫌を損ねるのだから、いつか本当に必要な時まで、取っておこうという考えでもあった。
 伊吹山から吹く冷たい風がおさまり、池の氷も溶けた頃、帝は即位以来初めての若菜摘みを行なった。
 蒲生野《がもうの》というところがある。ここは、よい若菜や薬草が摘めるので名が知られていた。
 帝は、大友や大海人以下の諸皇子、諸臣を従えて、行幸《みゆき》した。
 あたり一面、春の花が咲きこぼれ、遠く山々が霞に隠れていた。
 大海人は久しぶりに解放感を味わっていた。
 空には薄い雲はあるが、よく晴れている。
 空気もうまい。
 大海人ばかりではなく、日頃宮中に閉じ込められがちの官女たちも、楽しそうにはしゃいでいた。
 大友と十市の姿もある。
 だが、大海人はあえて近付かなかった。
 十市も父の方を見ようとはしない。
(娘も嫁に行けば婚家の者か——)
 別に寂しくはなかった。
 それよりも、十市が夫の大友とうまくいくことの方が大事である。
 大海人は、しばらくあたりの景色を見て、ぼんやりとしていた。
(——?)
 ふと、気が付くと、はるか向うで手を振っている者がいる。
(あれは誰だ)
 大海人は目をこらした。
 女のようであった。
 しきりに手を振っている。
「額田か」
 大海人はようやく気付いた。
 自分を捨てて中大兄、いや帝に走った額田ではないか。
(女は勝手なものだ)
 大海人は苦笑した。
 しかし、額田は相変わらず、手をちぎれるように振っていた。さすがに、大海人も無視できずに、手を上げて儀礼的に手を振った。
 それを見て、ようやく額田は手を振るのをやめた。
 大海人は、ほっとして目をそらした。
 ところが、それで終わらなかった。
 舎人が文《ふみ》を届けてきた。
 いぶかしげに見ると、そこには次のようにあった。
 
[#ここから改行天付き、折り返して3字下げ]
  あかねさす紫野《むらさきの》行き標野《しめの》行き
[#ここから改行天付き、折り返して4字下げ]
   野守《のもり》は見ずや君が袖ふる
[#ここで字下げ終わり]
 
(そんな馬鹿な話があるか——)
 大海人は怒るより驚いた。
 ちぎれるほどに袖を振っていたのは額田の方ではないか。それなのに、これでは自分が野守の目もはばからずに、手を振っていたことになってしまう。
(女とは勝手なものだ)
 再び苦笑した。
 気が付くと、舎人がそのまま跪《ひざまず》いている。
「どうした?」
「はっ」
 舎人は黙って筆と墨壺と紙を差し出した。
 大海人は気付いた。
 返歌を求めているのだ。
 歌を贈ってくれば、返歌するのが礼儀である。
 大海人は呆れたが、同時に悪戯心がわいた。
 筆を取ると、さらさらと返歌をしたためた。
 
[#ここから改行天付き、折り返して3字下げ]
  紫の匂へる妹《いも》を憎くあらば
[#ここから改行天付き、折り返して4字下げ]
   人妻ゆゑに我恋ひめやも
[#ここで字下げ終わり]
 
「持っていけ」
 大海人が紙を渡すと、舎人はかしこまって、それを持ち帰った。
 別に深い意味があってのことではなかった。
 もちろん額田に対する愛情は、とうの昔に消え失せている。十市の母といえば母なのだが、十市に対する愛情はあっても、額田に対する愛情はない。
 座興である。
 だが、その座興がとんでもないことになった。
 蒲生野での遊宴が終った後は、都に帰って湖を見下ろす高殿の上で酒盛りとなった。
 初めはにぎやかな宴であった。
 快い疲労が酒を進める。
 あちこちで談笑が起こり、大海人もくつろいだ気分で酒を楽しんでいた。
 ところが、一人だけ、おだやかならざる表情で、暗い酒を飲んでいる男がいた。
 帝である。
 帝は、人々のざわめきを、うるさそうにしていたが、盃をいくつか重ねるうちに、だんだん目が座ってきた。
 その様子に真っ先に気付いたのが、大海人である。
(どうなされた)
 その大海人の目と、帝の目が合った。
 帝は盃を置いて立ち上がった。
(来るな)
 大海人は直感した。
 果たして帝はやってきた。
 座っている大海人の前に、仁王立ちになった帝は叫んだ。
「あの歌はどういうことだ」
 大海人は何のことかわからなかった。
「何がです」
「とぼけるな」
 帝は言った。
「とぼけてなどおりません。わからないからお聞きしているのです」
 大海人は盃を伏せて、律義に答えた。
「わからぬなら、教えてやる。——このことだ」
 帝は懐から紙を取り出して、大海人に投げつけた。
 大海人はそれを拾って広げてみた。
 それは額田に返した歌であった。
「これが何か」
 大海人は顔を上げた。
 帝は本気で怒っていた。
「人妻ゆえに我恋いめやも、とは何事だ」
「ははは」
 大海人はわざと声を出して笑って、
「それは歌です。座興というものではありませんか」
「何を申すか」
 逆効果だった。
 帝は愚弄されたと取ったのである。
「おまえのような下らぬ男はいない。人の妻を盗むとは男の風上にも置けぬやつだ」
 大海人の顔色が変った。
 人の妻を盗んだのはそちらではないか。それを棚に上げて人を非難するとは、何ということだろう。
 だが、それは口には出せない。
 ただ、大海人は帝を強くにらみ返した。
「こやつめ」
 帝は自ら席に戻り、剣を取ってきた。
「何をなさいます」
「斬ってやる」
 悲鳴があがった。
 大海人は身をよじって、その場を逃れると、自衛のために槍を取った。
「おのれ、朕に反抗する気か」
 反抗する気はなかった。
 ただ身を守ろうとしただけだ。
 帝は容赦なく斬りかかってきた。
 大海人は槍の柄で受けた。
 あしらうことは難しくない。
 まして相手は酒に酔っている。
 だが、狂気のような攻撃を受け続けるうちに、大海人は段々腹が立ってきた。
(どうして、ここまで我慢せねばならないのか)
 いっそのこと、刺してしまおうか。
 大海人は次の瞬間、帝の剣をはじき飛ばしていた。
 帝の顔に恐怖が走った。
 
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