豫章(よしよう)の新喩(しんゆ)県のある男が、ある日、田圃(たんぼ)へ行くと、羽衣を着た六、七人の女が楽しそうに踊りまわっていた。不思議に思い、草むらの中にかくれて見ていると、やがて一人の女が羽衣をぬいだので、男は駆けだして行ってその羽衣を奪い取った。
ほかの女たちはみなおどろいて逃げて行ったが、羽衣を奪われた女だけは逃げることができず、はずかしそうにしてうずくまっているのだった。なかなか綺麗(きれい)な女なので、男はつれ帰って妻にした。
夫婦は仲むつまじく暮らし、数年のあいだに三人の娘が生まれた。娘たちが大きくなったとき、母親はそっと三人にきいた。
「おまえたち、この家のどこかで羽衣を見たことがないかい?」
「知らないわ。羽衣ってなに?」
「鳥の羽で作った衣裳だよ。お母さんが娘のとき大事にしていた衣裳なのだけど、お父さんがどこかへかくしてしまったのよ。お母さんにたのまれたといわずに、どこにしまってあるのか、お父さんからききだしてほしいのだけど」
その後、娘が父親に、
「お父さん、羽衣ってもの知っている?」
ときくと、父親はしばらく考えていたが、
「ああ、そういえば、むかしお母さんが着ていたな。あれなら、小屋の積(つ)み藁(わら)の奥にあるはずだ。だがおまえたち、あれをどうするつもりだね」
「いいえ、ただきいてみただけなの」
母親は娘の口から羽衣のありかをきくと、それを取り出して来て身につけ、夫に、
「長いあいだお世話になりました」
といい、茫然としている夫を置いてそのまま飛び去って行った。
男ははじめて妻が鳥だったことを知っておどろいたが、毎日、もういちど帰って来ておくれ、と祈っていると、幾日かたって、妻はまた飛んで来た。
「おお、よく帰って来てくれた」
と男がいうと、妻は首をふって、
「帰って来たのではありません。娘たちをつれに来たのです。あなたといつまでもいっしょに暮らしたいのですけれど、そういうわけにはいきませんので……」
といい、三人の娘とともに、また飛び去って行った。
六朝『捜神記』