山西の平陽に張景という人がいた。
弓の名手として知られ、郡の部隊の副将をしていた。
張景には十六、七になる妙齢の娘がいた。やさしく、かしこい娘だったので、張景夫婦はことのほか可愛がり、もう年ごろだというのに嫁にもやらず、自分たちの部屋の隣りの部屋に寝起きさせていた。
ある夜のこと、娘がその部屋で寝ていると、戸をきしませて一人の男がはいって来た。白い着物を着た、肥った男だった。男は寝台に近づいて来て、立ちどまった。泥棒だろうか、と娘は思い、びくびくしながらじっとしていると、男はさらに近寄って来て、娘に笑いかけた。娘はますますおそろしくなったが、黙っていては何をされるかわからないと思い、
「あなたは泥棒でしょう。それとも何かの妖怪なの」
といった。すると男は笑いながら、
「泥棒だなんて、とんでもない。妖怪というのもひどすぎますなあ。わたしは斉(注)の曹氏の息子で、伊達(だ て)者(もの)として少しは知られている男ですが、お嬢さんはご存じないようですなあ。あなたがいくらわたしをいやだとおっしゃっても、わたしは今夜ここに泊めていただくことにしましたから、そのつもりでいてください」
といった。そして掛蒲団の中へもぐり込んで来て、娘と並んで寝た。娘はいやらしい男だと思ったが、別にいたずらをする気配もないので、背を向けて寝たままじっとしていた。結局男は何もせず、明け方になると帰って行った。
翌晩になると、男はまたやって来た。昨夜と同じように並んで寝るだけで、何もせず、そして明け方になると帰って行った。
娘は夜があけてから、このことを父親に話した。すると張景は、
「それは何かの妖怪にちがいない」
といい、錐(きり)の頭に糸を結びつけ、尖(さき)をぴかぴかに磨(と)いで娘にわたし、
「これを寝台のどこかにかくしておいて、今夜またそいつがやって来たら、隙を見てこれで刺しなさい」
といった。
その夜、男はまたやって来た。娘は男を油断させるために、
「曹さんといったわね、どうして毎晩やって来るの」
と話しかけた。すると男は、
「お嬢さんが好きだからですよ」
といった。
「好きって、いっしょに寝ることなの」
「そうですよ。お嬢さんも好きでしょう」
「何もしないならね」
「何もしませんよ。お嬢さんがそれが好きなら」
男はそういって、これまでと同じように娘の横に寝て、
「たのしい、たのしい」
といっていたが、やがてそのまま眠ってしまった。娘は男が眠入(ねい)った隙をねらい、そっと錐を取り出して、男の項(うなじ)に突き刺した。男は「ぎゃっ」と叫んで飛び起き、項に錐が刺さったままで逃げて行った。
翌朝、張景は下男に糸のあとをつけさせた。下男が糸をたどって行くと、糸の先は、家から数十歩のところにある大木の下の穴の中にはいっていた。そこでその穴を掘ってみると、深さ三、四尺のところに、一尺あまりもある大きな〓〓(ねきりむし)がうずくまっており、その頸(くび)のあたりには錐が刺さっていた。
張景はその〓〓を下男に殺させたが、それきり娘の部屋に白い着物を着た男はあらわれなくなった。
唐『宣室志』
(注)「斉の曹氏」は斉曹(せいそう)。〓〓(せいそう)(ねきりむし)なので「斉の曹氏」と名乗ったのである。