後漢の霊帝のときのことである。江夏(こうか)の黄(こう)という人の母親が盥(たらい)の中で行水をしていたが、坐り込んだままでいつまでたっても立ちあがらないので下女が不審に思っているうちに、海亀に変ってしまった。
下女はおどろいて黄に知らせに走ったが、海亀はその間に盥から這い出して、近くに流れている川の淵へもぐり込んでしまった。
その後、海亀はときどき淵から頭を出して黄家の方を覗(のぞ)くことがあったが、その頭には行水をしていたときにつけていた簪(こうがい)と銀の釵(かんざし)がそのままついていた。
黄の家ではそれからは、代々海亀の肉を食べないようになったという。
六朝『捜神記』