〓陽(けいよう)の張福という人が、船を雇って家へ帰る途中、日暮れになって、ふと外を見ると、美しい女が自分で小舟に棹(さお)さしながら近づいてくるので、船をとめさせて、
「娘さん、何か用かね」
と声をかけた。すると女は、
「日が暮れると虎が出ますので、夜道はおそろしくて歩けません。それで舟で……」
といった。そこで張福が、
「どこへ行くのだね。どこの娘さんだね。軽はずみなまねをして。雨が降っているのに、笠もないじゃないか。こっちの船へはいって雨宿りをしなさい」
というと、女は、
「助かりますわ」
といって舟を寄せ、張福の船に乗り移った。張福が女の乗っていた舟を自分の船につなぐのを待ちかねるようにして、女は張福にしなだれかかってきた。張福は一瞬あきれたが、すぐ、
「そうか、そうだったのか」
といい、互いにふざけながらいっしょに寝た。
真夜中ごろ、雨があがり月が出た。張福が寒さをおぼえて眼をさまし、女は、と見ると、そこにいるのは女ではなくて大きな亀だった。びっくりして起きあがり、おさえつけようとしたが、亀はそれよりも早く川の中へとび込んでしまった。船につないでおいたはずの小舟は、舟ではなくて長さ一丈あまりの枯木だった。
六朝『捜神記』