山東の長山(ちようざん)の劉(りゆう)は、でっぷりと肥った大酒飲みだった。相手なしに一人で飲んでも、いつも一甕(かめ)の酒を飲みつくしてしまうのである。県城の近くに三百畝(せ)もの美田を持っていて、家はたいそう豊かだったので、飲む金に困るというようなことは全くなかったのである。
ある日、一人の喇嘛(ラマ)僧がやって来て、劉に、
「あなたの躰(からだ)には奇病がある」
といった。
「いや、病気なんかない」
と劉がいい返すと、喇嘛僧はいった。
「あなたは、いくら酒を飲んでも酔わないでしょう」
「そうだ。酔わぬ」
「そうでしょう。それが奇病なのです。躰の中に酒虫というものがいるのです」
劉はおどろいて、きいた。
「そいつを退治してくれるというのか」
「おやすいことです」
「どんな薬を飲んだら退治できるんです?」
「薬など飲まなくてよいのです」
喇嘛僧はそういい、劉を日向(ひなた)に俯向(うつむ)けに寝かせて手足をしばり、口から五寸ほど下のところに美酒を入れた壺を置いた。
しばらくすると劉は咽(のど)がかわいて来て、壺の中の酒が飲みたくてならなくなった。酒の匂いが鼻を刺して我慢ができないのだが、飲めないのである。身もだえしているうちに、咽が急にむずがゆくなって来たかと思うと、何かがぬるぬるとこみあがってきて、げっと壺の中へ吐いた。
「もうよろしい」
喇嘛僧はそういって劉の縛(いまし)めを解いた。劉が壺の中をのぞいて見ると、長さ三寸ばかりの赤い肉のようなものが、金魚が泳いでいるように酒の中を泳ぎまわっていた。その肉のようなものには、眼も口もみんなついているのだった。こんなものが躰の中にはいっていたのか、と劉はおどろき、喇嘛僧に礼をいって、
「いくらお払いすればよいでしょう」
ときくと、喇嘛僧は手を振って、
「お金はいりません。ただ、その虫をいただきたい」
といった。
「こんな気味のわるいものを、どうするのですか」
と劉がきくと、僧は、
「これは酒の精でな、甕にきれいな水をはって、この虫を入れてかきまわすと、水が美酒になりますのじゃ」
といった。劉がためしにやらせてみたところ、果して水は酒に変っていた。
劉はその後、まるで仇のように酒を憎むようになった。酒をやめてからは、でっぷり肥っていた劉の躰はだんだん痩せていったが、同時に、家もだんだん貧しくなっていって、やがては飲み食いにも事(こと)欠くようになってしまったという。
清『聊斎志異』