貞観年間のことである。王申(おうしん)という人が、望苑(ぼうえん)駅の西の道端の楡(にれ)の林の中に小屋を建てて、茶店を開いていた。
王申には十三になる息子がいたが、ある日、その息子が、
「若い娘さんが、道端で水を欲しがっているよ」
というので、王申は店へ呼び入れさせた。見れば女はまだ十五、六で、碧色の衣裳を着、白い頭巾をつけている。王申がその白い頭巾を見てわけをきこうとすると、女は自分から、
「わたしはここから十里あまり南の者ですが、夫に死なれて子供はなく、もう喪(も)明けの祭りもすませましたので、これから馬嵬(ばかい)へ行って、親戚の厄介になるつもりです」
といった。なかなか可愛い顔をして、言葉つきもはきはきしているので、王申はひきとめて食事を出してやり、
「やがてもう日が暮れるから、今夜はここに泊まって、あしたの朝出かけたらどうです」
とすすめると、女はよろこんでそれに従った。王申の妻が、女を自分の部屋へつれて行ってもてなしながら、
「わたしにも、あなたのような娘がいるといいのだけど……」
というと、女は笑って、
「針仕事でもありましたら、させてくださいません?」
といった。そこで、ちょっとした繕(つくろ)いものを出すと、女は器用な針さばきでたちまちのうちに綺麗(きれい)に繕ってしまったので、王申の妻は女が一層気に入ってしまい、冗談半分に、
「あなた、うちの息子のお嫁さんになってくれないかしら」
というと、女は顔を赤らめて、
「よるべのない身ですから、お勝手仕事ぐらいならよろこんでさせていただきます」
といった。
妻からそのことをきいた王申は、女に念をおした上で、自分で町へ行って晴れ着を借り、祝い酒を買ってきて、その夜さっそく嫁とりの式をした。
式がすんで、息子と女は部屋へ引きとって行ったが、夜中になって王申の妻は、
「ああ、食べつくされてしまう!」
という息子の苦しそうな声をきいたような気がした。おどろいて王申をゆすぶりおこし、そのことを話したが、王申が、
「あいつ、いい嫁さんをもらって、うれし泣きをしているんだよ」
というので、また眠ってしまったが、こんどは王申が同じ声をきき、
「あれはうれし泣きじゃない。ただごとではなさそうな声だ」
というので、夫婦で息子の部屋の前へ行って気配をうかがった。ところが、何の物音もしない。声をかけたが返事もない。扉をあけようとしたが、鍵がかかっているらしく、どうしても開かないので、いよいよあやしんで叩きこわしにかかった。すると扉が裂けてわずかに隙間ができた途端、円い眼をして乱杙歯(らんぐいば)をむき出した藍色(あいいろ)の怪物が部屋の中から飛び出し、二人を突き飛ばして逃げて行った。
部屋の中へはいって、あかりで寝台の上を照らして見ると、息子は頭の骨と髪の毛だけを残してすっかり食いつくされていた。
唐『酉陽雑俎』