交河(こうが)のある村に、女好きな若者がいた。道で隣村のある女房に行きあったので、立ちどまってじっと見つめていると、にっこり笑ったので、口説(くど)こうとしたが、うしろからその女の家の者がついてきたので、あきらめて家に帰った。
それから幾日かたったとき、また道でその女に出会った。こんどは女は牛に乗っていて、ふり向いて笑顔を見せたので、若者は大いによろこび、牛のあとをつけて行った。長雨のあとで水溜りがあちこちにあったが、牛はじゃぶじゃぶと足ばやにその中を歩いて行くので、若者はなかなか追いつけず、再三水溜りに足を取られてころんだりしながら、ようやく女の家の門口まで行ったときには、躰(からだ)じゅうがずぶ濡れになっていた。
門口で女が牛から下りると、その姿が不意に変った。眼をこらして見ると、意外にもそれは老人だった。おどろき怪(あや)しんでいる若者に、老人は、
「そこでなにをしているんだね」
といった、
「躰じゅう泥だらけになって、どうしたんだね」
若者は返事のしようがなく、
「路に迷ってしまいまして」
というなり、あたふたとその家の前から逃げ帰った。
翌日、若者の家の前の柳の老木の皮が三尺あまり削られていて、そこに墨痕(ぼつこん)あざやかに次のように大書してあるのを若者は見た。
「ひそかに貞婦をうかがいし罰として、泥濘を十里歩かしむるものなり」
若者はそれを読んではじめて、妖怪に愚弄されたことをさとった。
清『閲微草堂筆記』