杭(こう)郡の周(しゆう)という人が、友人の陳(ちん)某といっしょに揚州府(ようしゆうふ)に遊び、ある豪族の屋敷に泊った。
初秋で、まだ残暑がきびしく、寝苦しい夜がつづいたので、主人にその旨をいうと、学舎ならあいているから移ってもよいということであった。
学舎は屋敷の西園にあって、山を背にし池に面していたので、そこへ移ってからは安眠することができた。
ある夜、二人は月光に誘われて西園を散歩し、二更(十時)ごろ学舎に戻って寝た。すると、まどろみかけたころ、外に靴の音がして、
春の花散りて空しく
秋の月そぞろに寂し
眺むれば巫山(ふざん)遥かに
哀れ身は朽ちはてつ
と歌うのが聞こえてきた。周は、主人が散歩しているのだろうかと思ったが、声がちがうように思われた。着物をひっかけてのぞいて見ると、月光の下に一人の美女がたたずんでいた。周が声をひそめて、
「世間でいう鬼魅(きみ)ではなかろうか」
というと、陳が、
「あんな美女なら、妖怪だってかまわないよ」
といい、周がとめるのもきかずに声をかけた。
「そこにいる美しいお嬢さん、はいって来て話をしませんか」
すると女が答えた。
「女のわたしにはいって来いとおっしゃるのですか。あなたは外へ出られませんの?」
陳は後(しり)ごみする周を引っぱって、戸をあけて外へ出た。ところが、女はもういなくなっていた。
「どこへ行ったのです」
と呼ぶと、
「こちらよ」
という声が返ってきたが、姿は見えない。
「どこです」
「こちらよ」
声を追って行くと、林の中にいるようである。林へはいって行ってさがすと、柳の木の枝に女の首がさかさまにかかっているのが見えた。二人はそれを見たとたん「あっ!」と声をあげて、ほとんど気を失いそうになった。そのとき、どさっという音がして、女の首が地面に落ちた。同時に首はぴょんぴょんと跳ねながら二人を追って来た。二人は必死の思いで逃げ、ようやく部屋へころがり込んでふり向くと、首はすぐ近くまで迫って来ていた。急いで戸を締め、かんぬきをかけると、どすん、どすんという鈍い音がして、そのたびに戸がゆれ動いた。首が戸にぶつかっている音のようであった。二人が力をふりしぼって戸を押しつけていると、こんどはがりがりという音をたてて首は戸をかじりはじめた。その音は戸を押しつけている二人の手にひびいた。
そのとき、不意に鶏が晨(とき)をつくった。すると戸をかじる音がやんだ。二人が隙間からのぞいて見ると、首がぴょんぴょんと跳ねながら戻って行くのが見えた。首は林の方へは行かず、まっすぐに跳ねて行って、そのまま池の中へ跳び込んでしまったらしく、どぶんという水音が聞こえてきた。
長い夜があけた。二人は池へも林へも行って見ようとはせず、急いで学舎からもとの部屋へ移ったが、二人ともその日から五、六十日間、瘧病(おこり)の発作になやまされつづけた。
清『子不語』