呉(ご)郡の無錫(むしやく)に大きな湖がある。湖をめぐる長い堤を監視する役人は、丁初(ていしよ)という人だったが、ある雨の降る日の夕方、堤を見まわっていると、一人の女があとから追ってきて、
「もし、もし、お待ちください」
といった。上衣も下衣も青く、雨をよけて青い笠をかざしている。丁初は、いったんは立ちどまったが、こんな雨の日の夕暮れ、こんなさびしいところを、女一人が歩いているのはおかしい、おそらく妖怪だろう、と思ったので、そのまま足を速めて歩きだした。と、女も足を速めて、
「お待ちください、お待ちください」
と呼びながら追ってくる。丁初は気味がわるくなって、駈けだした。すると女も駈けだしたが、やがて追いつけないとあきらめたらしく、にわかに身をひるがえして湖の中へ飛び込んでしまった。
女は大きな青い獺(かわうそ)で、衣服や笠に見えたのは蓮(はす)の青い葉だった。
六朝『捜神記』