河南郡の楊醜奴(ようしゆうど)という者が、舟で章安湖(しようあんこ)へ行き、蒲(がま)を取っていたところ、日暮れどきになって、靄(もや)の中から一人の娘が舟を漕ぎ寄せて来た。身なりは粗末だが、顔だちは美しい女だった。舟には蓴菜(じゆんさい)をいれた桶が幾つか積んであった。
「たくさん取れたね」
と醜奴がいうと、娘はうなずいて、
「これから帰るの。家は湖のほとりなの」
といい、西の方を指さして、
「よかったら、少し休んでいかない?」
といった。醜奴は、日が暮れて来てこれから家へ帰るのも面倒だなと思っていたときだったので、
「それじゃ、ちょっと厄介(やつかい)になろうか」
といい、いっしょに舟を岸につけて娘の家へ行き、食器を借りて食事をした。娘が出してくれた皿の中には、魚の乾物や生野菜などがはいっていた。
食事のあと、二人はどちらからともなくふざけあいはじめた。醜奴が歌で娘の気を引いてみると、娘も歌でそれに応じた。
われは住むみずうみの西
たそがれて靄たちこむる
そのなかによき人を見て
いかんせん胸のときめき
それから明りを消して二人はいっしょに寝床へはいり、雲雨(うんう)の情を交したが、そのあとで醜奴は、なまぐさい臭いが鼻をつき、娘の手の指もひどく短いことに気づいて、もしかしたら娘は人間ではないのかも知れぬと思った。すると相手は醜奴の胸の中を感じ取ったらしく、あわてて起きあがって外へ走り出し、獺(かわうそ)の姿になって湖へ飛び込んでしまった。
六朝『甄異(しんい)伝』