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中国怪奇物語053

时间: 2019-05-28    进入日语论坛
核心提示:  渭南(いなん)で会った女 舞陽(ぶよう)の陳巌(ちんがん)という人が東呉(とうご)に仮寓していた。これはその陳巌の話
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   渭南(いなん)で会った女
 
 
 
 
 舞陽(ぶよう)の陳巌(ちんがん)という人が東呉(とうご)に仮寓していた。これはその陳巌の話である。
 景竜(けいりゆう)の末年、陳巌は官吏に登用されて都へ上(のぼ)ったが、渭南(長安の東)まで行ったとき、一人の女に出会った。女は白衣を着ていた。道端にたたずんで、袂(たもと)で口をおおいながらしくしくと泣いているのだった。なかなかの美女である。見過しかねて声をかけ、わけをたずねると、女は涙ながらに語った。
「わたしは楚(そ)の生れで、姓は侯(こう)と申します。家は弋陽(よくよう)県にあって、父は高潔の士として湘楚の間に知られておりましたが、山林に隠棲して、富貴栄達を望みませんでした。わたしも女ながら世俗がきらいで、どこか仙人の住むようなところへ行って静かに暮らしたいと思っておりました。ところがちょうどそのころ、沛国(はいこく)の劉(りゆう)という人が弋陽県の役人になって来て、父と深い交わりを結ぶようになりました。父はその劉という人の人柄にほれこみ、とうとうわたしを劉家へ嫁(とつ)がせてしまったのでございます。わたしは劉家に嫁いでからもう十年になりますが、その間ずっと、せいいっぱい努めてきたつもりです。ところが、去年の春、夫は真源県へ転任してから病気がちになり、一年もたたないうちにお役を退(ひ)いて渭水のほとりに仮寓することになったのですが、そのとき、わたしというものがありながら、濮上(ぼくじよう)の盧(ろ)氏の娘を娶(めと)って家に入れてしまったのです。わたしとしてはそれだけでもくやしくてなりませんのに、その女はひどく意地わるで、乱暴で、がみがみとどなりどおしで、わたしにはとてもいっしょに住むことができませんので、追い出されるようなかたちで逃げ出して来たのでございます。わたしはもともと神仙にあこがれ、雲や霞を踏みわけて山間に隠棲するのが望みだったのですから、木の実を常食として一生を終るのも厭(いと)うところではございません。いまはもう、劉家へ戻りたいなどとは思わないのですが、ただ、あの女のことを思うとくやしくてならず、また、さしあたってどこへも行くところがないので、あれやこれやを思って泣いていたのでございます」
 陳巌は律儀(りちぎ)一方な男だったので、女のいうことをすっかり信じてしまい、行く先がなくては困るだろうと同情して、ひとまず都までつれて行くことにした。ところが、旅をかさねていくうちに、女に誘い込まれてつい夫婦のような関係になってしまい、都に着いて永崇里(えいすうり)に居を定めてからは、そのままずるずると同棲していた。
 女は初めのうちは殊勝に振舞っていたが、日がたつにつれてだんだん粗暴になり、何か気に入らないことがあると狂ったように怒りだし、時にはつかみかかってくるようにさえなったので、陳巌はすっかり厭気(いやけ)がさし、軽はずみに女を引き入れたことを後悔したが、いまさらどうすることもできず、なるべく気にさわらないよう努めていた。
 ある日、陳巌が外出すると、女は門を閉じて錠をおろし、夫の衣類を全部中庭に持ち出して、ずたずたに引き裂いてしまい、夕刻になって夫が帰って来ても門を閉じたままで入れさせないのだった。
 陳巌が門をたたき破って中へはいって見ると、中庭に引き裂かれた衣類が散乱している。さすがの陳巌もかっとなって女にどなりつけた。
「この気違い女め、もう我慢がならん。出て行け!」
 すると女は陳巌に飛びかかって来て、こんどは着ている衣服を引破ったり、顔を爪で引掻いたり、腕に噛みついたりし、陳巌が傷だらけになって地面に血がしたたり落ちてもお構いなく、いつまでもわあわあわめきながら引き裂き引掻きつづけるのだった。
 その騒動を聞きつけて、近所の者や通りがかった者が門口に集って来たが、その中に〓居士(かくこじ)という人がいて、
「あの女は人間ではない。山に棲む獣(けもの)にちがいない」
 といった。〓居士は妖怪変化を見破って邪(じや)を払い魔(ま)を降(くだ)す術に長じている人であった。
 〓居士の言葉を陳巌に教えた者があったので、陳巌は半信半疑ながらさっそく〓居士に調伏をたのんだ。
 〓居士の姿を見ると、女はにわかにおびえて身をすくませた。その前で〓居士が、墨で書いたお符(ふだ)を空にむかって投げると、女は「ぎゃっ」と叫んで逃げ出し、屋根の上に飛びあがった。すると〓居士は、こんどは朱で書いたお符を取り出して女をめがけて投げつけた。同時に女はまた「ぎゃっ」と叫び、屋根からころがり落ち、地面に躰(からだ)をたたきつけて死んだ。その死体は猿に変っていた。
 その後はなんの祟(たた)りもなかったが、陳巌は女が猿だったということがどうにも納得がいかず、渭南へ行って劉という家があるかどうか、さがしてみた。たずねまわっているうちに、渭水の岸に劉という人が住んでいるということがわかったので、訪ねて行って事の次第を話し、何か心あたりはないかときくと、その劉という人はこんなことを話した。
「わたしは弋陽で役人をしていたことがあります。弋陽というところは猿がたくさんいて、わたしも家で一匹飼って、可愛がっておりました。弋陽には十年近くいて、真源へ転任になったのですが、健康がすぐれないので役人をやめ、ここへ隠棲したというわけです。ああ、猿でしたね。猿は真源へもつれて行き、ここへもつれて来たのですが、ここへ来てから間もなく濮上から訪ねて来た友人が黒い犬を持って来てくれたのです。それでいっしょに飼っていたのですが、文字どおり犬猿の仲で、その黒犬と猿は仲がわるく、ある日、猿は犬に噛みつかれ、そのままどこかへ逃げて行ってしまったのですが……、まさかあの猿が……。祟るのならわたしに祟るか、犬に祟るか……。そうそう、犬は、猿が逃げて行ってしまってから、これもどこかへ行ってしまいました」
唐『宣室志』
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