北平(北京)に田〓(でんえん)という人がいた。母を亡くし、墓地の傍に建てた小屋に一人で寝起きして喪(も)に服していたときのことである。
ある夜、家に帰って来て、無言で妻に性交をいどんだ。妻が訝(いぶか)って、
「いけません。それだけはおやめください。そうでないとわたしがあなたに喪を破らせたことになります」
といったが、〓はきかずに無理やりに妻をうしろから犯してしまった。
それから二、三日して、〓はこんどは昼間家にもどって来た。妻が先夜の強暴な行為のことを思って、
「いけません」
といい、外へ逃げようとすると、〓は、
「何をいう。入用の物を取りに来ただけなのに」
といった。そこで妻が先夜のことをいって詰(なじ)ると、〓は怪訝(けげん)な顔をして、
「わたしは喪に服している身だ。夜中に来てそんなことをするものか」
といい返した。妻は〓が先夜のことを悔いてごまかしているのだと思ったが、〓はそのとき、妻に妖怪がとりついたのだということに気づいたのである。
その夜、〓は墓地の傍の小屋で、あかりを消し、喪服をぬいで寝て、眠ったふりをしていた。すると真夜中に、白い獣のようなものがはいって来て喪服を口にくわえた、と思うと同時に、〓とそっくりの姿をしたものが喪服を着て出て行った。
〓がそっとあとをつけて行くと、妖怪は〓の家の前で消えた。〓がしばらく様子をうかがってから家へはいって行くと、寝室から妻のしのび泣く声がきこえてきた。のぞいて見ると、妻がうしろから妖怪に犯されながら声をあげているのだった。
〓は飛び込んで行くなり、棍棒で妖怪をなぐり殺した。妻のうしろに斃(たお)れたのは一匹の大きな白犬だった。妻はそれを見ると恥かしさのあまり寝室から逃げだし、自ら首をくくって死んでしまった。
六朝『捜神記』