呉(ご)郡の顧旃(こせん)が猟に出て、ある小高い丘の上で休んでいると、近くで人の声がきこえた。
「ああ、今年はなかなか思いどおりにいかんわい」
といっているのである。顧旃はあたりを見まわしたが、誰もいない。あやしんで、あたりをさがしまわったところ、丘の上の古い塚の横に穴があいていたので、そっとのぞいて見た。と、穴の奥に一匹の古狐が坐っていて、一冊の帳面を見ながらつぶやいているのだった。
顧旃はさっそく猟犬を放って狐を咬み殺させ、狐が見ていた帳面をしらべてみたところ、ずらりと女の名が書き並べてあって、中には朱で鉤(かぎ)じるしのつけてある名前もあった。女の名は数百人を越えていて、その中には顧旃の娘の名もあったが、鉤じるしはついていなかった。鉤じるしがついているのは、狐が犯してしまった相手で、「思いどおりにいかんわい」といっていたのは、思いどおりに鉤じるしをつけるわけにはいかないのを嘆いていたものらしい。
六朝『捜神後記』