河南の壺(こ)山(ざん)に、樊(はん)英(えい)という道士が隠棲していた。
あるとき、突風が西南のほうから吹いてくるのを見ると樊英は弟子にむかって、
「成(せい)都(と)の町が火事だな。ひどく燃えているようだ。消してやろう」
といい、口に水をふくんで、西南のほうへ吹きかけた。
弟子はその日と時間とを覚えておいた。その後、四(し)川(せん)からきた人があったので、弟子は、その日時を口にして、
「成都に火事がありませんでしたか」
ときいた。するとその人はおどろいて、
「あなたも、だいぶん修行を積みなさったと見える。よく見とおせましたな。たしかにその日のそのころ、大火事がありました。火の勢いが強くて、町じゅうにひろがりそうな気配でしたが、そのうちに東北のほうに真黒な雲がわきおこったかと思うと、たちまち大雨が降りだして、さしもの火も消えてしまいました」
といった。
六朝『捜神記』