陽(よう)羨(せん)に許(きよ)彦(げん)という人がいた。
ある日、雌雄二羽の鷲(が)鳥(ちよう)をいれた籠(かご)を背負って、家を出た。山ひとつ越えた隣りの町の綏(すい)安(あん)にいる友人のところへ、とどけにいくのである。山道にさしかかると、
「もしもし、お願いがあるのですが……」
という声がきこえた。びっくりして見まわすと、道端の草むらの中に、十七、八歳の書生が横たわっていた。
「脚(あし)を痛めて困っております。まことに恐縮ですが、山の上までその籠の中にいれていっていただけないでしょうか」
許彦は書生が冗談をいっているのだと思った。
「脚が痛いのはお気の毒ですが、ごらんのようにこの籠には鵞鳥が二羽はいっております。無理でしょうなあ」
「もしその籠の中へはいれたら、山の上まで運んでくださいますか」
「よろしいとも。もし、はいれたら……」
許彦は笑いながらそういったが、その言葉の終らぬうちに、もう書生は籠の中へはいっていた。籠が大きくなったわけではなく、書生が小さくなったわけでもないのに、籠の中に書生は二羽の鷲鳥と並んで坐っており、鷲鳥も別にさわぎもしない。許彦は籠を背負って歩きだしたが、すこしも重さを感じなかった。
やがて山の上まできて、許彦が籠をおろすと、書生は籠から出てきて、
「ありがとうございました。お疲れだったでしょう。お礼にちょっとばかりご馳走をしたいと思うのですが……」
といった。山の上には茶店があるわけでもない。書生は荷物も何も持ってはいない。
「それは結構ですな。どんなご馳走でしょう」
許彦が笑いながらそういうと、書生はふーっと息を吐いて、口の中から大きな銅の箱を出した。箱の中には酒と肴(さかな)がはいっていた。肴はみな山海の珍味で、酒も肴も許彦にははじめてのすばらしい風味だった。
しばらく酒をくみかわしてから、書生は許彦にいった。
「じつは、女をつれてきているのですが、ちょっとここへ呼んでもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
と許彦がいうと、書生はまたふーっと息を吐いて、口の中から十五、六歳の女を出した。綺麗な衣裳を着た、なかなか美しい女だった。女はいっしょに酒を飲んだ。
しばらくすると、書生は酔って横になり、眠ってしまった。すると女は許彦にいった。
「わたし、この書生と結婚はしていますが、じつは、ほかに好きな人がいるのです。その人をつれてきているのですけど、書生が眠ってしまいましたので、ちょっとここへ呼びたいと思います。どうか内証にしておいてくださいね」
「いいですよ」
と許彦がいうと、女はふーっと息を吐いて、口の中から二十三、四歳の男を出した。なかなかかしこそうな、如(じよ)才(さい)のない男で、許彦にきちんと挨拶をした。
そのうちに書生が寝返りをうって眼をさましそうになった。許彦が、どうなることかとはらはらしていると、女はまた、ふーっと息を吐き、口の中から錦の衝(つい)立(たて)を出して、それで書生をさえぎった。すると書生が手をのばして、女をその衝立のむこうへ引っぱりこんで、いっしょに寝てしまった。
二人が寝てしまうと、男が許彦にいった。
「あの女は、情(じよう)はあるのですが、まごころがありません。わたしはこっそりほかの女をつれてきているのですが、ちょっとここで逢いますから、どうか内証にしておいてください」
「いいですよ」
と許彦がいうと、男はふーっと息を吐いて、口の中から二十歳くらいの女を出し、いっしょに酒を飲んで、長いあいだざれあっていた。
やがて衝立のむこうで、書生の身動きする気配がした。すると男は、
「あの二人はもう眼をさましたようです」
といった。そして、自分の出した女をまた口の中へ吸いこんでしまった。
すると間もなく、書生と寝ていた女が出てきて、許彦に、
「もう書生が起きそうですわ」
といい、さきほどの男を吸いこんでしまい、つづいて衝立も吸いこんでしまって、許彦と向きあって坐り、酒をすすめた。
そこへ書生が起きてきて、許彦にいった。
「ちょっと眠るだけのつもりでしたが、ずいぶん長くなってしまいました。おもてなしするはずの客人をほったらかしにしておいて、なんとも申しわけございません。もう日も暮れてきましたから、これでお別れいたしましょう」
そして、女を吸いこんでしまい、箱もいろいろな器もみな吸いこんでしまったが、ただひとつ、直径二尺あまりの銅の盆だけを残して、
「なんのお礼もできませんが、記念としてこれをさしあげましょう」
といった。
許彦が一礼して顔を上げて見ると、どこへいってしまったのか、すでに書生の姿は消えていた。ただ、手に銅の盆が残っているだけであった。
六朝『続斉諧記』