会(かい)稽(けい)郡の石(せき)亭(てい)〓(たい)に、大きな楓(かえで)の木があった。中は洞(うろ)になっていて、雨が降るたびに水がいっぱいたまった。
あるとき、一人の行商人が生きた〓(うなぎ)の荷をかついでここを通りかかり、一匹を洞の中へ放してみた。鰻ははじめは死んだように水面に浮いていたが、やがて元気になって泳ぎだし、つかまえようとすると底へもぐっていってしまってつかめなかった。行商人はあきらめて行ってしまった。
その後、村人が楓の木の洞の中に〓がいるのを見つけて不思議に思った。〓は木の中に生れるものではない、これは神さまの化(け)身(しん)にちがいない、といいだして、村人たちは木の傍に家を建て、犠(いけ)牲(にえ)をささげて祭りをし、〓(せん)神(しん)廟(びよう)と呼ぶようになった。
廟を建ててからは、祈願をこめると幸運がさずかり、不敬なふるまいをする者があると災難がくだるようになった。
それから何年かたったとき、さきの行商人がまたこの道を通りかかり、〓神廟という廟が建っているのを見てあっけにとられ、洞の中からうまい具合に〓をすくい上げて、持って行ってしまった。
村人たちはそのことを知らなかった。いくら祈っても霊(れい)験(げん)がなくなってしまったことを知っただけである。そして、おそらくは〓神さまに対して何者かが不(ふ)埒(らち)なことをしたため、神さまは怒って姿をくらましてしまわれたのだろうと歎きあった。
六朝『異苑』