万年県(長安)の捕盗役人に、李公という人がいた。
ある年の春、数人の友達を街西の官亭に招いて、なますの料理を注文した。すると、招きもしないのに一人の道士がやってきて席に坐り、平然としている。李公が咎(とが)めて、
「お前さんはなんだね」
というと、道士は、
「道士だよ」
といった。
「道士はわかっている。ここへ何をしにきたのかときいているのだ」
「あてにきたのだ」
「何をあてにきたのだ」
「お前さんたちの食べ物をあてにきたのだ」
「それじゃ、わたしたちが何を食べるかあててみるがよい」
「なますだ」
「ふん、さっき注文したのをきいていたのだろう」
「捕盗役人だけあって、疑い深い人だな。疑うなら、もう一つあててやろう。お前さんたちの中に、一人だけなますを食べられない人がいる」
「誰が食べられないのだ」
李公がそういうと道士は李公の鼻さきに指をつきつけて、
「お前さんだよ」
といった。李公は腹を立てて、
「わしは主人役としてなますを注文したのだ。そのわしが、なますを食べられんという法があるか。お前さんのいうことがもしあたったら、銭五百文を進ぜよう。だが、あたらなかったら、ただではおかんぞ。よいか、このわしの友達みんなが証人だ」
「よいとも」
と、道士は平然としてうなずいた。
しばらくするとなますが運ばれてきた。一同が箸を持ったとき一人の男があわただしくかけこんできて、
「京(けい)兆(ちよう)尹(いん)さまの急ぎのお召しです」
といった。李公は道士に、
「まだお前さんが勝ったというわけじゃないぞ。用がすんだらすぐもどってくるから、お茶でも飲んで待っていてもらおう」
と言い残して、馬で役所へかけつけていった。役所ではちょうど裁判が開かれるところであった。李公はおそくなるかもしれぬと思い、使いを官亭へ出して、さきに食べていてくれ、ただなますがなくなるといけないから料理人にいって二皿だけとっておかせてくれ、道士は待たせておくように、と伝えさせた。
裁判は思ったより早くすみ、李公はまた馬をとばして官亭へ帰った。客たちはもう食事をすませていて、二皿のなますだけが残っていた。李公は席につくと、箸を取りあげ、道士の顔を見て笑いながら、
「お前さんの負けだな」
といった。ところが道士は顔色一つかえずに、
「わしのいうことにまちがいはない」
という。李公は腹を立てて、
「なにかうまいことをいって、口さきでごまかそうというのか。なますはちゃんとここにある。わしはこれを食う。明らかにお前さんの負けではないか。さあ、見ておれ、いま口へいれるからな」
といったが、その言葉のまだおわらぬうちに、どっという響きを立てて天井の壁がくずれ落ち、食器はみじんにくだけなますは泥まみれになってしまった。
土けむりがおさまったとき、李公が無念の思いで道士の方を見ると、いつのまにか道士はいなくなっていた。
唐『逸史』