長安に柳(りゆう)少(しよう)遊(ゆう)という道士がいた。占いの名手としてその名のきこえていた人である。
ある日、上等の絹を持った客が訪ねてきたので、少遊が客間に通して来意をたずねると、その客は、
「自分の寿命を知りたいのです」
といった。
「知ってどうなさるのです? 寿命はわたしは占いたくありません。寿命を知るということは、占うほうも占われるほうも気持のよいものではありませんから」
少遊はそういってことわったが、客はどうしても占ってくれという。
「占う以上は卦(け)に出たとおりにいうよりほかありませんが、かまいませんか」
「かまいません」
少遊は卦を立てて、そのまま黙っていた。
「どうなのです、おっしゃってください」
と客はうながした。
少遊は悲しげに溜息をついていった。
「わるい卦が出ました……」
「はっきりと、何時(い つ)と教えてください」
と客はさらにうながした。
「この卦にあらわれた限りでは、申しにくいことですが、あなたの寿命は今日の夕方に尽きることになっております」
「そうですか。いたしかたありません」
客はそういったものの、さすがに蒼白な顔になって、そのまま黙りこんでしまった。少遊も同じく蒼白な顔になって、黙りこんでいた。
しばらくすると客が、
「水を飲ませていただけないでしょうか」
といった。少遊ははっとして、
「お客さまに水をさしあげてくれ」
と呼んだ。
少遊の身のまわりの世話をしている少年が水を持っていくと、客間には少遊が二人いて、どちらが客かわからない。戸惑っていると、一人の少遊がもう一人の少遊を指さして、
「これがお客さまだ」
といった。
少年が水を渡すと客は一口だけ飲み、挨拶をして立ちあがった。少年は門まで見送っていったが、門を出てしばらくいったところで客の姿はかき消すように見えなくなってしまった。同時にどこからか悲しげな泣き声がきこえてきた。
少年は客間へもどって、まだじっと座り込んでいる少遊に、
「旦那さまはあのかたをご存じなのですか」
とたずね、今見たことを、ありのままに話した。すると少遊は、
「そうか。あれはわたしの魂だったのか」
といい、客の置いていった絹を、少年にしらべさせたところ、それは霊前に供える紙で作った絹であった。少遊はうなずいて、
「魂がからだを見捨てていった以上、わたしの寿命も間もなく尽きる」
と歎いたが、やがて夕方になると果して死んでしまった。
唐『広異記』