献(けん)県一帯を横行する盗賊の首領に、斉(せい)大(だい)という者がいた。
あるとき彼は、配下の者をひきつれてさる豪族の家へおしいり、自分は屋根の上へあがって捕吏のくるのを見張っていた。その家には美貌の娘がいた。盗賊たちはその娘を見つけると、みなで犯そうとしたが、相手は娘ながらなかなか手(て)強(ごわ)く、どうしても応じさせることができないので、ついに盗賊たちは娘を縛りあげてしまった。娘は喚(わめ)き叫んでなおも抵抗した。その声をきいて屋根から下りてきた斉大は、そのありさまを見ると剣を抜いてどなった。
「やめろ! おれたちはこの家の、ありあまった不正の金を頂戴にきただけだ。そのようなことをするやつらには、このおれが相手になってやる!」
そのすさまじい気勢におされて、盗賊たちは手を引き、娘はさいわいにけがされずにすんだ。
その後、斉大はまた配下をひきつれて別の豪族の家へおしいったが、あらかじめ備えていた捕吏のわなにかかって包囲され、一味の者はみな捕えられた。ところが、蟻の逃れるすきまもないほどの包囲陣を張ったはずなのに、首領の斉大だけは、どこへ消えてしまったのか、ついにうちとることができなかった。
役所へひかれていった盗賊たちは、きびしい取調べを受けた。どの盗賊も斉大のゆくえを知っている者はなかったが、数人の者は、捕吏がおしよせてきたときに、斉大はたしかに秣(まぐさ)桶(おけ)のかげにかくれるのを見たといった。捕吏たちは逮捕のとき家じゅうをくまなくさがし、もちろん秣桶のあたりもしらべたのだが、たしかそこには古い竹の束がころがっていただけであった。しかし、念のためにもういちどそこへいってみると、すでに竹の束はなくなっていた。
役人は盗賊の一人々々についてくわしく調べてみたが、斉大自身は術者ではなかったもようである。とすれば斉大を救った術者は誰だったのであろうか。おそわれた豪族の家の召使たちまでも一人々々調べてみたが、ついにわからずじまいだったという。
清『閲微草堂筆記』