李(り)八(はつ)百(ぴやく)は蜀の人である。名はわからないが、何世代にもわたって姿をあらわしていたので、当時の人々がその年齢を八百歳とかぞえ、八百と呼ぶようになったのである。
彼は山林に隠れていたり、町へ姿をあらわしたりしていたが、あるとき、漢(かん)中(ちゆう)の唐(とう)公(こう)〓(ぼう)が道術を学ぼうと志(こころざ)しながら良師にめぐりあえずにいることを知って、教えてやりたいと思った。
そして、まず試してみようとして、公〓の家へ行き、住み込みの下男になったのである。公〓はそのことには気がつかなかったが、新入りの下男がほかの下男たちとはちがってよく働き、よく機転がきくという点にはすぐ気づいて、特別に目をかけていた。
そこで八百は、おりを見て仮(け)病(びよう)をつかい、今にも死にそうに苦しんで見せた。すると公〓はすぐ医者を呼び薬をととのえて、何十万という銭を惜しみなく使い、ひたすら治療につとめた。
八百は次には悪性の腫(はれ)物(もの)を全身につくり、膿(うみ)を流して悪臭を発散させた。誰も、とても手がつけられないありさまだった。公〓はそれを見ると涙を流していった。
「おまえはわが家の下男になって、長年のあいだよくつとめてくれた。それなのにこんな悪疾にとりつかれて、医者も薬も何の役にも立たないとは。いったいどうしたらよいのか」
すると八百はいった。
「わたしのこの腫物は医者や薬ではなおらないのです。ただ、人になめてもらったら、いくらかはよくなるのですが……」
公〓はそれをきくと、さっそく三人の下女を呼んでなめさせた。下女がなめてやると、八百はまたいった。
「下女になめてもらったのでは、よくなりません。旦那さまがなめてくださったら、きっとなおるでしょう」
そこで公〓がなめてやると、八百はまたいった。
「旦那さまになめてもらっても、やっぱり、よくなりません。奥さんになめてもらったらなおるかもしれません」
公〓が妻を呼んでなめさせると、八百はまたいった。
「これで腫物はなおりそうです。この上は三十石(こく)の上等の酒をいただいて、その中で体を洗えばすっかりよくなると思います」
公〓はすぐ上等の酒を用意して、大きな器(うつわ)の中へそそぎ入れた。すると八百は起きあがってその中で体を洗った。と、腫物はたちまち消え、肌はつやつやとして、何のあとかたも残らなかった。
八百はそのときいった。
「もう気がついただろうが、わたしは仙人なのです。あなたに道術を学ぶ志があることを知って試錬を与えてみたのですが、十分にその資質のあることがわかりました。俗界からぬけ出る秘法をさずけましょう」
そして公〓とその妻と下女三人に、自分が体を洗った酒で体を洗わせた。するとたちまちみな若返って顔の色も美しくなった。そのあとで八百は公〓に、神(しん)丹(たん)を煉(ね)る秘法を記した「丹経」一巻を与えた。神丹とは、これを飲めば神仙になれるという薬である。
公〓は後、華山の雲台峰にこもって神丹を煉り、薬ができあがると、それを飲んで仙人になった。
六朝『神仙伝』