東海郡〓(く)県に、麋(び)竺(じく)という人がいた。先祖代々みな貨殖の才にたけ、巨万の富を築きあげていた。
あるとき、洛陽までいった帰り道、家まであと数十里というあたりで、道端に美しい女がたたずんでいるのを見かけた。麋竺が車をとめると、女は近寄ってきて、
「乗せていただけませんか?」
といった。麋竺は、
「そのつもりで車をとめたのです」
といい、女を乗せたが、二十里あまりゆくと、女は、
「ここでおろしてください」
といった。別れぎわに女は、
「あなたがよい方だということがわかりましたので、お礼にお話ししましょう。わたしは天帝の使者で、これから東海の麋竺という金持の家を焼きにいくところなのです」
といった。
「麋竺というのはわたしです。なんとかおゆるしくださいませんでしょうか」
とたのむと、女のいうには、
「天帝のご命令ゆえ焼かないわけにはまいりませんが、あなたはよいお方ですから、こうしましょう。あなたは大急ぎで家へお帰りなさい。わたしはゆっくりゆきますから。正午にはあなたの家は必ず焼けます」
麋竺は車をとばして家へ帰るなり、家族の者に身のまわりのものだけを持たせて、外へ避難させた。
正午になると、はたして大火事がおこった。家財道具はすべて家とともに灰になってしまったが、家族の者はみな無事であった。
六朝『捜神記』