廬(ろ)陵(りよう)に、欧(おう)明(めい)という行商人がいた。
商用でよく彭(ほう)沢(たく)湖(こ)を渡ったが、そのたびに舟の積荷の中から幾品かの物をとりだし、
「これはご挨拶のしるしです」
といって、湖の中へ投げこんだ。
あるとき、いつものようにそうしたところ、突然、湖の中に広い道が開け、その上に砂ぼこりが舞いあがったと見ると、数人の役人が馬車を走らせてきて、
「青(せい)洪(こう)君(くん)よりお迎えにさしつかわされた者です。どうぞお乗りください」
という。欧明が舟から馬車に乗り移ると、馬車はまた走りだし、まもなく役所らしい建物の前に着いた。門のところには大勢の兵隊が並んでいる。
「あなたを出迎えているのです。こわがることはありません」
役人はそういって欧明を馬車から降し、奥へ案内しながら、
「青洪君はあなたがいつも礼儀正しく敬意を表されるのに感心なさって、あなたをお召しになったのです。きっとたくさんご褒(ほう)美(び)をくださると思いますが、あなたはお受けにならない方がよいでしょう。そうすれば青洪君は、望みのものをいえといわれます。そのときあなたは『如願』をくださいとお願いしなさい」
と教えてくれた。如願とは、願いごとがかなうという意味である。
欧明は青洪君に拝(はい)謁(えつ)したとき、役人に教えられたとおりにして、
「如願をくださいますよう」
といった。すると青洪君はうなずいて、
「如願!」
と呼んだ。と、侍女たちの中から一人の美しい少女が進み出てきた。青洪はその少女に、
「そなた、欧明について俗界へゆけ」
といった。
如願というのは、青洪君の侍女の名だったのである。
欧明は如願をつれ帰って妻にしたが、以来願いごとはなんでもかない、数年のうちに廬陵第一の富豪になったという。
六朝『捜神記』