趙郡に李(り)〓(しよく)という人がいた。後、官途につき、東(とう)陽(よう)の県知事にまで進んだ人である。
あるとき華(か)岳(がく)廟(びよう)に参詣して、三夫人の像を祭った神殿を見物していると、突然女神たちが生きた人間に変って李〓をさし招いた。
李〓がおどろきあやしみながら神殿へのぼっていくと、三人の女神は李〓をとりかこみながら、おし入れるようにして神殿の奥へつれていった。そこは七宝で飾った寝室であった。茫然としている李〓を女神たちは寝台の上へおしあげて、
「あなたのような人のおいでになるのを、お待ちしていたのです」
といい、馨(かぐ)わしい酒をすすめてから、李〓を誘ってかわるがわる交わりを結び、さまざまな姿態でそれぞれ歓楽のかぎりをつくした。
李〓も嘗(かつ)て覚えたことのない陶酔にひたったが、やがて倦(う)み疲れると、三人の女神はまた酒をすすめて自らも飲んだり、ともに休んだりして、疲れがおさまったと見るとまた交わりはじめ、歓楽は三日間つづいた。
休んで酒を飲んでいるとき、李〓は、おそるおそるたずねた。
「おたずねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
すると女神たちはやさしく笑いながら、口々に、
「このような仲になって、いまさらなにを遠慮していらっしゃるのです」
という。
「それではおたずねいたしますが、神さまの身でありながら、どうしてわたしのような者をお誘いになったのでしょうか」
すると一人の女神が、
「あなたがご立派だからですわ」
といい、ほかの二人と顔を見合わせて、
「ねえ、やっぱり思ったとおりでしたわね」
といって、くっくっと笑いあった。李〓はわけがわからず、なおもきいたが、女神たちは明らかにはいわなかったけれども、立派というのは李〓の一物が壮大で堅硬なことをいっているらしかった。
「いつまで、わたしをここにおひきとめになるのですか」
ときくと、女神たちは急に顔をくもらせて、
「お名残り惜しくてならないのですが、十二日にはどうしても帰っていただかなければならないのです。十三日にはわたしたちの主(あるじ)の華岳の神が帰ってまいりますので」
という。
「華岳の神さまはどこへいっていらっしゃるのですか」
「毎年七月七日から十二日までは、天帝さまのもとへ伺(し)候(こう)することになっていて、いまは天上へいっております。その留守のあいだでなければ、あなたに会うことはできないのです」
「わたしに華岳の神さまの罰がくだるようなことはないでしょうか」
「ご安心なさい。わたしたち三人がお護りしますから」
三人の女神は、いちばん年長なのを王(おう)娘(じよう)娘(じよう)、そのつぎを杜(と)娘娘、いちばん若いのを蕭(しよう)娘娘といい、顔は競い咲く花のように美しく、笑うとえくぼがあらわれ、肌はなめらけく、四肢はしなやかに、吐く息は香気を放ち、流す汗は甘露のしたたるようであった。
いよいよ別れるとき、三人の女神はみな涙ぐみながら、
「一年たたなければ会えないと思うと、かなしくてなりません。来年の今頃になったら、お迎えを出しますから、かならず来てくださいね」
といい、はじめのときと同じように三人で李〓をとりかこむようにしながら、神殿の上り口まで見送った。
李〓が神殿を下りてふりかえると、三人の女神の姿はなく、神殿の像は像としてそのままあった。
それから七年間というもの、毎年七月の七日か八日になると、李〓は急に息が絶えた。三、四日たつと蘇生したが、なお病人のように寝たままで起きあがれず、十日ほどたたなければもとの状態にはもどらなかった。じつは、息が絶えたままの形で横たわっているのは李〓の魂で、そのとき肉体は華岳の女神たちのもとへいっているのであった。蘇生するのは肉体が華岳からもどってきたからだが、その肉体は三、四日間かわるがわる女神たちと交わりを結びつづけてきたため、もとの身体にもどるのに十日ほどもかかるのであった。
七年目のとき、肉体が華岳からもどってきて、まだ元気を回復することができずに李〓が寝たままでいると、たまたま表を通りかかった道士が足をとめて、
「この家には邪気がたちこめている!」
といった。家の者がそれをきいて道士を呼び入れ、李〓の毎年の病気の容態を話すと、道士はうなずいて、
「その邪気を封じて進ぜよう」
といい、一枚の護符を書いて渡した。
翌年の七月七日、華岳の女神たちはまた使いをよこして李〓を招いた。李〓は使者について神殿へいったが、李〓のそれは綿のように力がなく、どうしても交わりを結ぶことができなかった。女神たちはあせり、李〓はかなしくてならない。そのときふと思い出して、
「去年、家の者が道士から護符をもらいましたが、そのせいではないでしょうか」
というと、王娘娘と杜娘娘が、
「きっとそのせいです。早く家へ帰ってその護符を焼いてしまいなさい」
といった。すると蕭娘娘が、
「もしかしたら、その道士というのは主の華岳の神かもしれないわ。みだりに護符を焼いてしまったりしたら、どんなひどい目に遇うかわかりません」
といい、そして涙ぐみながら、
「この人をこのまま帰してあげましょう。その方がわたくしたちのためにも、この人のためにも無難でしょう」
といった。二人の女神は悄然としてうなずき、三人で李〓を神殿の上り口まで見送った。
別れるとき李〓が、
「わたしはこれからどうなるのでしょうか。どうすればよいのでしょうか」
ときくと、蕭娘娘が、
「わたしたちのことは忘れて学問をしてください。そうすれば進士の試験に合格して、知事にまで昇進します」
といったが、果してそのとおりになった。
唐『広異記』