湖北の尋陽(じんよう)の軍司令官の施続(しぞく)は、すこぶる弁舌の立つ人であった。類は友を呼ぶというのか、その食客の李(り)某という者が、これまた議論好きで、いつも人を言い負かしては得意になっていた。
この李某は、日ごろ、亡霊などというものは実在しない、実在すると思うのは生きている人間の心のまどいにすぎないと言っていたが、誰もそれを言い負かすことのできる者はいなかった。
あるとき、黒い着物に白い袷(あわせ)を重ね着した見知らぬ客が、施続の役所へたずねてきた。李某が話し相手になっていたが、客はなかなかの議論好きで、やがて話は亡霊のことになった。一日じゅう議論しあったあげく、ついに李某が客を言い負かすと、客は、
「あなたは弁舌はたくみだが、弁舌は弁舌、事実は事実だ。論より証拠、このわたしはじつは亡霊で、冥府(めいふ)の使者なのだ。このわたしがここにいるのに、まだあなたは亡霊は実在しないというのですか」
と言った。
「冥府の使者というと?」
と、李某がにわかに恐怖をおぼえてきき返すと、
「そうです。じつはわたしは、あなたを引き取りに遣(つか)わされてきたのです。期限は明日の朝食のときまでということになっています」
「ほんとうにあなたは亡霊で、冥府の使者なのですか。わたしを言い負かそうとして、嘘をいっているのでは……」
「信じなければ信じないでよろしい。明朝になればわかることだから」
「信じます。なんとかして、わたしの命を助けてください」
李某が必死になって命乞いをすると、客は、
「あなたと一日じゅう話しあったので、情が移ったというのか、できれば助けてあげたいとは思うが、使者の任務は果さなければなりません。そうだ、この役所に誰かあなたに似た人はいませんか。もしいたら、その人をあなたの身代りに連れて行きましょう」
と言った。
「軍司令官の幕下の都督(ととく)がわたしと似ています」
「それでは、わたしをその都督のところへ案内してください」
李某はぶるぶるふるえながら、客を都督のところへ連れて行った。都督は机を前に昂然(こうぜん)と坐っていたが、李某を見ると、
「なんの用だ。なにをそわそわしている」
ときいた。
「客をお連れしました」
と李某が言うと、都督は、
「どこへ? 誰もおらんではないか」
と言った。客は都督と向き合って坐っていたが、都督にはその姿が見えないようであった。と、客はどこに持っていたのか、一尺あまりもある鉄の鑿(のみ)を取り出して都督の頭の上に据え、槌(つち)をふりあげて打ちつけた。すると都督は、
「すこし頭痛がするようだ」
と言ったが、客が槌をふりおろすにつれて、
「痛い! 頭が割れるように痛い」
とわめきだし、そのまま死んでしまった。
李某はおそろしさのあまり気を失ってしまったが、しばらくして正気にかえると、いまのことはみな夢ではなかろうかと思った。だが、都督は椅子によりかかったまま死んでいて、冥府の使者の姿はもうどこにも見えなかった。
六朝『捜神記』