南斉の明帝の建武二年のことである。張〓(ちようかい)という百姓が野良から家へ帰ってくると、道端に一人の男が寝ていたので、
「どうしたのです。どこか具合でもわるいのですか」
ときくと、
「足が痛んで、歩けないのだ。家は湖南なので、家の者を呼んできてもらうわけにもいかんし」
と言う。張〓は気の毒に思い、車に積んであった荷をみんな道端へおろして、男を乗せてやった。
ところが男は、家へ連れて行ってやっても、ありがとうとも言わず、
「ほんとうは足は痛くなんかないんだ。ちょっとあんたを試(ため)してみたんだよ」
と言った。張〓が腹を立てて、
「なんだって! おまえさんはいったい何者なんだ、おれをからかったりして」
と言うと、男は、
「じつはわたしは亡霊なんです。北台(閻魔の庁)から使いをおおせつかって、あなたを捕えにきたのですが、お見受けしたところ、あなたは情け深い人のようなので、捕えるのはお気の毒に思い、足が痛いふりをして、ほんとうに情け深いかどうか試してみたのです。もしあのとき、あなたがわたしを見捨てて行ったら、わたしはすぐあなたを捕えたのですが、車の荷をおろしてまでわたしを乗せてくださったので、捕えにくくなってしまいました。しかしわたしも北台から命令を受けてきた以上、あなたを捕えないわけにはいかないし、どうしたものかと迷っているところなんです」
張〓はびっくりして亡霊を引きとめ、さっそく肉や酒を供えて、
「なんとかお助けくださいませんでしょうか」
と涙を流しながらたのんだ。すると亡霊は張〓の饗応を受けて、
「お助けしましょう。この村にあなたと同じ名の人がいるでしょう」
「はい。よそから流れてきたならず者で、黄〓(こうかい)というのがおりますが、あれとわたしとをおまちがえで……」
「いや、わたしはまちがえたわけではありません。だが、北台の書記がまちがえたのかもしれません。いますぐあなたは、その黄〓という男の家へ行ってください。わたしもついて行ってみますから」
張〓がそこで黄〓の家へ行くと、出てきた黄〓を見て亡霊は、
「うん、あれなら捕えてよかろう」
と言った。
「なんだね」
と黄〓が言うと、亡霊は赤い槍で黄〓の頭をたたき、その手を引き寄せるなり、別の手に握った短剣でその胸を突き刺した。張〓にはそれが見えたが、黄〓は全く気がつかないようであった。
「なんだ、誰もいないのか。酔いがまわったとみえる」
黄〓はそう言って家の中へはいっていった。すると亡霊は張〓に向って言った。
「あなたは情け深いうえに、立身出世をする相がおありです。いま捕えるのは惜しいと思って、おきてを曲げてお助けしたわけです。このことは人に漏らしてはなりませんぞ」
張〓たちが去ってからまもなく、黄〓は急に胸が痛みだして、その日の夜半に死んでしまった。
張〓は七十歳の寿命を保ち、光禄大夫(こうろくたいふ)にまで出世した。
六朝『甄異伝』