ある夫婦がいた。
夫婦はいっしょに寝ていたが、夜があけたので、妻がさきに起きて外へ出て行った。しばらくたってから、夫も起きて部屋を出て行った。
まもなく、妻が外から部屋へもどって見ると、夫はまだ蒲団の中で眠っている。
「もう起そうかしら」
と思っていると、下男がはいってきて、
「旦那さんが奥さんに、鏡を持ってくるようにと言っておられます」
と言った。妻は下男が自分をからかっているのだと思い、
「おまえ、何を言ってるの」
と、寝台の上を指さした。下男は下男で、
「奥さん、おからかいになってはいけません」
と言ったが、寝台の傍へ行ってのぞいて見ると、まさしく主人なので、あっとおどろき、
「これはいったいどういうわけなのでしょう。わたしはたったいま、確かに外で旦那さんにそう言いつかってきましたのに」
と言った。妻はそれをきくと、
「ほんとう? もしほんとうなら、おかしいわね」
と言い、外へ出て行って見た。すると、そこに夫がいて、
「鏡を持ってきてくれたのか」
と言った。妻が不審に思ってわけを話すと、夫はびっくりして、すぐ妻といっしょに部屋へ行って寝台を見た。と、蒲団の中には自分がすやすやと眠っているではないか! それは、自分と寸分ちがわぬ姿かたちをしていて、どこも変ったところはない。夫は、
「これは自分の魂にちがいない」
と思い、揺り起さずに、夫婦でそっと寝台を撫でつづけていた。すると、眠っている自分は少しずつ蒲団の中へ沈みこんで行って、やがて消えて行ってしまった。
そのあと、夫婦はしきりにおそろしがったが、まもなく夫は急に病気になり、頭が狂ったまま死ぬまでなおらなかった。
六朝『捜神後記』