安西参軍の夏侯綜(かこうそう)は、格別かわったところのある人ではなかったが、その眼だけは特別で、常人の眼には映らない亡霊の姿が、いつも見えた。彼の言うところによると、亡霊は人間と同じ姿で、人間と同じように馬に乗ったり歩いたりしていて、どこにでもいるということであった。
ある日、夏侯綜は友人といっしょに馬車に乗っていたが、道端で遊んでいる子供を指さして、
「あの子はひどい病気にかかるかもしれん」
と言った。
友人はそのとき格別気にかけなかったが、その子供はそれからまもなく、得体(えたい)のしれない病気にかかって、いのちも危うくなった。
子供の母親は、夏侯綜の友人から、彼が子供の病気を予言したということをきき、さっそく夏侯綜を訪ねて行ってわけをたずねた。すると夏侯綜は、
「あのとき、あなたの息子は道端で泥投げをしていて遊んでいたが、投げた泥のかたまりが亡霊の足にあたったのだ。わたしはそれを見て、亡霊が仕返しにあなたの息子を病気にするだろうと思って、そう言ったのだったが、やはり亡霊は仕返しをしましたか。なに、案じなさることはない。酒や飯を亡霊にそなえてやれば、すぐなおりますよ」
と言った。
母親がそのとおりにしたところ、子供の病気はけろりとなおってしまったという。
六朝『捜神後記』