宋(そう)の高宗の紹興(しようこう)三十二年のことである。
劉子昂(りゆうしこう)という人が安徽(あんき)の和州の太守に任ぜられて、妻子を連れずに任地へ行き、官舎で独身生活をしているうちに、一人の美貌(びぼう)の女と親しくなった。女は毎夜、劉の寝室に忍び込んできて、二人は歓を尽くした。
数ヵ月たったとき、劉が天慶観(てんきようかん)に参詣(さんけい)すると、老道士が不審な顔をしてたずねた。
「ひどくお体が衰えて、妖気(ようき)がただよっておりますが、何か心当りはございませんか」
「別になんの心当りもありませんが、もし体が衰えているとすれば、それは妾(めかけ)のためかもしれませんが」
「それでわかりました。その女はまことの人間ではありますまい。このままでは、あなたの命があぶない」
「まさか……」
「神符を二枚さしあげますから、夜になったら戸の外へお貼(は)りなさい」
「…………」
「疑っておいでですな。もしその女がまことの人間なら、神符をおそれることはありません。とにかく、やってごらんなさい」
劉は神符をもらって帰り、それを戸の外に貼って寝た。すると夜中になって、戸の外から女の怨(うら)みののしる声がきこえた。
「いままで夫婦のように暮してきたのに、このつれない仕打ちはなんということです。わたしにくるなとおっしゃるのなら、もうきません。二度とわたしのことを思ってくださいませんように」
そう言い捨てて立ち去る気配がしたので、劉はまたにわかに未練を覚え、急いで戸をあけて神符を剥(は)ぎ取り、女を呼び入れた。
それから数日たったとき、天慶観の老道士が役所へたずねてきて、劉を一目見るなり顔をくもらせて言った。
「あなたはいよいよあぶない。どうしてわたしの言ったことをおききにならなかったのですか。これでは、女の正体をお目にかけるよりほかないようですな」
老道士は人夫を集めて、数十荷(か)の水を床(ゆか)の下に流させた。と、一ヵ所だけ水がすぐ乾いてしまうところがあった。道士が人夫にそこを掘らせると、女の死骸(しがい)があらわれた。女は毎夜忍んでくるときのままの姿で棺の中に横たわっていた。劉は大いにおどろいた。だが、時すでにおそく、劉はそれから十日を過ぎずして死んでしまった。
宋『夷堅志』