荊(けい)州の刺史の殷仲堪(いんちゆうかん)が、まだ官途につかずに江蘇(こうそ)の丹徒(たんと)に住んでいたときのことである。
ある夜、夢に一人の男があらわれて、しきりに懇願した。
「わたしは浙江(せつこう)の上虞(じようぐ)の者ですが、死んで長江の岸に埋葬されたものですから、棺が水に浮いて流れだし、これまでずっとあてもなく長江をさまよっておりました。明日はご当地の川岸に流れつくはずでございますが、あなたは情け深いおかたとききましたので、お願いにまいりました。どうかわたしの棺を引き上げて、高いところへ埋めてくださいませ。そうしてくだされば、あなたのご恩恵は枯骨にまで及ぶというものでございます」
翌日、殷仲堪は従者を連れて川岸へ行って見た。と、果して一つの棺が川上から流れてきて、彼のたたずんでいる岸に着いた。
従者に引き上げさせて棺を調べてみると、昨夜夢にあらわれた亡霊の本籍地と姓名が書きつけてあった。そこで、丘の上へ運んで埋めたうえ、酒食を供えて祭ってやった。
その夜、殷仲堪はまた、昨夜の亡霊が礼を言いにきた夢をみた。
六朝『捜神後記』