南陽の宋定伯(そうていはく)が若かったときの話である。あるとき、夜道を歩いていて亡霊に出会ったので、
「おまえは何者だ」
ときくと、亡霊は、
「おれは亡霊だよ」
と言い、
「ところで、おまえは何者だ」
とききかえした。
「おれも亡霊だよ」
と定伯が言うと、亡霊はさらに、
「どこへ行くのだ」
ときいた。
「宛(えん)の町へ行くところだ」
「そうか。おれもだ」
しばらくいっしょに歩いて行くと、亡霊がまた、
「かわりばんこに負(おぶ)っていこうじゃないか」
と言った。定伯が、
「うん、そうしよう」
と答えると、亡霊は、
「それじゃ、さきにおれが負ってやろう」
と言って定伯を背負ったが、しばらく行くと、首をかしげて、
「おかしいな。おまえは重すぎる。亡霊ではないんじゃないか」
と言った。定伯がとっさに、
「おれは死んでからまだ間がないので、重いんだろうよ」
と言うと、亡霊は、
「うん、そうか。亡霊は時がたつにつれて軽くなるものだからな」
と言った。
定伯がかわって亡霊を背負ったが、ほとんど重さがなかった。こうして何度もかわりあって背負って行くうちに、定伯は亡霊にきいた。
「おれはまだ亡霊になってから間がないのでわからないのだが、亡霊にとっていちばんおそろしいのは何だろう」
「おそろしいものなんか何もないが、ただ人間の唾(つば)だけはどうにもならんな」
やがて道は川に行きあたった。亡霊はさきに渡って行ったが、すこしも水音を立てない。定伯が渡ると、ざわざわと水音がした。
「おかしいな」
とまた亡霊が言った。
「おまえ、なぜ音を立てて渡るんだ」
「死んでからまだ間がないので、おまえのようにうまく渡れないだけだよ」
川を渡ると、宛の町はもうすぐだった。定伯は亡霊を背負って行ったが、しばらくすると不意に、力いっぱい腕で亡霊を締めつけた。亡霊は骨をきしませて、
「痛い。おろしてくれ」
と哀願したが、定伯はきかず、そのまま宛の町へはいって市のまんなかにおろすと、亡霊は逃げ場がないまま、一匹の羊に化けた。定伯はそこで、べたべたと唾をつけて、売りに出したところ、羊は銭百貫で売れた。
その後、亡霊の化けた羊がどうなったかはわからない。
六朝『捜神記』