孟子(離婁篇)
斉の国に一妻一妾を持ってのどかに暮している男があった。
彼は外出するたびに、必ずたらふく酒を飲み肉を食って帰ってくる。妻が、いったいどこで誰と飲んでくるのですときくと、夫はそのつど、富豪や貴人の名をあげた。
ある日、妻が妾にいった。
「あの人、外出するたびに酔って帰ってくるでしょう。誰と飲んだのときくと、お金持や身分の高い人の名をいうのだけど、いままでに一度だってそんなえらい人がうちに訪ねてきたことはないでしょう。どうもおかしいので、わたし今日は、こっそりあの人のあとをつけて行って、様子を見てこようと思うの」
妻は夫のあとを、気づかれないようにしてつけて行った。夫は町じゅうをぐるぐる歩きまわっていたが、誰も挨拶をする者もなく、一人も夫と立ち話をする者もない。やがて夫は町を出て、城東の墓場へ行った。
何をするのかと見ていると、夫は墓にお参りをしている人のところで、お供え物の残りをねだり、それでも足りずに、また別の人のところへ行って残り物をもらっているのだった。
妻ははじめて、夫が外出するたびにいつもたらふく飲み食いして帰ってくるわけがわかり、家へもどると妾にそのことを話して、
「夫というものは、生涯仰ぎ見て仕えるべき人なのに、わたしたちの夫が、あんな夫だったとは……」
二人でさんざん夫を罵り、そして泣きあった。
男は、妻にあとをつけられたとは知らず、たらふく飲み食いして上機嫌で帰ってくると、いつものように、得意そうに、今日は誰それと飲んだと貴人の名をあげて、妻と妾に威張りだすのだった。