笑府
ある女房、商売で旅に出る亭主に、
「おみやげに象牙の櫛を買ってきてほしいわ」
といった。亭主が、
「どんな形のだ」
ときくと、女房は、
「あんな形のを」
といって、三日月を指さした。
さて、亭主は商売をすませて帰ることになったとき、女房に何か買物をたのまれたことを思いだした。
「何だったかな」
と考えながら、ふと空を見上げると、円い月がかかっている。そこで、鏡を買って帰った。
鏡をもらった女房、見るなりびっくりして、
「わたしのたのんだものは買ってこないで、なんで妾(めかけ)なんかつれて帰ったのよ」
とわめきだして、夫婦喧嘩をはじめた。母親がさわぎをきいて止めにはいったが、ふと鏡を取りあげて見て、
「おまえ、わざわざ金をはらって、なんでこんな年取った婆を買ってきたんだい」
と怒りだし、三人ははげしく罵りあって、ついに裁判沙汰になった。
役所からやってきた捕手の小役人も、鏡を手に取って見て、はっとおどろき、
「ここにもう一人、捕手がいる。おれのくるのがおそかったので、おれを処罰するつもりかもしれぬ」
とあやしむ。
いよいよ裁判になったが、そのとき法廷の机の上に置かれたその鏡を見て裁判官は怒りだした。
「たかが夫婦のもめごとに、なにも、土地の有力者までつれてきて弁護をたのむことはあるまい」