啓顔録
隋のとき、同州(どうしゆう)の人が麦飯の弁当を持って都へ物売りに出かけた。渭水(いすい)のほとりまで行ったとき、弁当を食べようと思い、麦飯に水をかけようとしたが、あいにく川には氷がはっていた。そこで氷に穴をあけて水を汲もうとしたが、待てよ、水を汲み出すよりも飯を穴の中へいれた方が簡単だと思い、弁当を穴の中へぶちまけたところ、飯はみんな散らばって無くなってしまった。
「いったいこれは、どうしたわけだ」
と男は無念でならなかったが、しばらくすると水が澄んできたので、穴の中をのぞいて見ると、そこには男の顔が映っていた。そこで男は叫んだ。
「おれの飯を盗んだのは、こいつだ。盗んだだけでは足りず、仰向いておれを見上げるとは!」
そして、いきなり水面を叩いた。すると水が濁って見えなくなったので、男はいよいよ腹をたて、
「さっきまではここにいたのに、どこへ行ってしまったんだ」
と岸をさがしたが、岸には砂しかなく、あきらめて帰った。