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ずばり東京36

时间: 2019-07-26    进入日语论坛
核心提示:    ある都庁職員の一日姓名 久瀬樹年齢 35歳学歴 有名大学法科卒業職業 東京都庁職員・係長身長 普通体重 普通肝臓 
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     ある都庁職員の一日
 
姓名 久瀬樹
年齢 35歳
学歴 有名大学法科卒業
職業 東京都庁職員・係長
身長 普通
体重 普通
肝臓 普通
子供 二人
妻  一人
SEX 週一回・土曜の夜。正常位。場所は杉並区井草町四・八・十四の都営住宅、六畳の間の書斎・応接・居間・寝室兼用の自室。
酒癖 とくにこれといってないが、優しい小声でつくづく嘆きをこめ、おまえはバカだからえらいんだという癖がある。上役のときには、あなたはバカです。だからえらいんです。ほんとですよ。ぼくはホラは吹くけどウソはいいません。バカだ、バカだ、バカだ。あなたはほんとにバカだ。だからぼくは男惚れしたんだッ、という。優しく、小声で、いうのである。
盆暮 フルーツの缶詰、化学調味料の詰合せなどを上役のところに贈る。
判コ 水牛の角。丸型。
眼鏡 金属ぶちの細いの。
趣味 昼寝。
読書 週刊誌。出版社のと新聞社のを一つずつ。すみからすみまで読んでから電車のなかに捨ててしまう。
食癖 なぜかわからないがラーメンを食べるときはナルト巻をのこし、スパゲッティはスプーンを使い、お新香はキュウリでもナスビでも白菜でも、浅漬でないといけないと、しぶとく主張する。
給料 本俸四万七百エン。暫定手当や扶養手当や、なにやかや入れて四万七千八百四十エン。
[#ここで字下げ終わり]
 灰色フラノの背広を着た久瀬は今朝も東京駅から人|塵芥《ごみ》といっしょに吐きだされ、いつものように八時四十三分に丹下健三氏設計によるガラスと黒枠の鋼鉄とコンクリの都庁に姿をあらわす。出庁時限は八時四十五分だけれど、久瀬はきっと二分前の八時四十三分に登庁する。タイムレコーダーのガチャンという音は心臓にこたえていけないというので、庁ではいちいち出勤原簿へ判コをおすことになっている。
 もうもうとたちこめる人|埃《ぼこり》のなかをかきわけて久瀬は玄関のテーブルに近づき、あせらず、いそがず、水牛角の丸型の判コをとりだして、しっくりとおしつける。クッキリと、『久瀬』と、でる。判コ一つにも人格がでると局長が訓示したことがあったので、彼の判コはいつもきれいに掃除してある。とくに念入りにつくったものである。三田の東急アパートにある『日本印相学会長、印相学宗家五世』に占ってもらってつくったものである。宗家の部屋の壁には色紙や感謝状がいっぱいかかっていた。佐藤栄作、水野成夫、一万田尚登、土門拳、石原裕次郎、池内淳子などの名があった。宗家は羽織を着ていて、『久瀬』の字をよく眺めたあと、人間本来無一物ですから人格は判コによってしかあらわれないのです、祈る気持でおさねばいけません、判コの変りめが運の変りめといいますといった。
 からかい半分でいったのだけれど、話を間いているうちにだんだん久瀬は濃縮されて、ほんとにそうだという気持になった。八千エンという判コ代を聞いてもさして惜しいとは思わなかった。妻が不平をいいかけたが、これにぼくたちの一生がかかっているのだよといって薄く目を閉じ、いただいて見せたら、なにやら凄い目つきになり、声をひそめて、ソウネ、ソウネといった。
 六階にある自分の課室にあがると、久瀬は靴をぬぐ。ビニール製のヘップにはきかえる。都庁の互助組合で二百エンで買ったものである。これは便利で気持がいい。水虫にならないですむ。昼飯のときにはそのままの恰好でペタペタと日比谷や銀座の料理店へいく。ゆっくりと椅子に腰をおろし、新聞を読む。朝日、毎日、読売、スポ日、内外タイムスなど、すみからすみまで読む。自費でとってるのではない。課の雑件費でとってる新聞である。終ると『週刊とちょう』など、庁内紙を、またすみからすみまで、ゆっくりと読みにかかる。
 女子職員がしずしずとお茶を持ってきてくれる。毎朝のことだが、�粗茶ですが……�という。たしかに粗茶である。泡を吹いている。たしかめたことはないが、百グラム四十五エンくらいの茶ではないだろうか。それをフウフウすすって新聞を読む。舌、のど、食道、胃と、熱が一滴一滴おちてゆくうちに、やがてその熱は脳へゆるゆるとあがってくる。久瀬は新聞をおき、だまったまま『未決』の箱のなかから伝票や書類をだして、一枚一枚、判コをおしにかかる。すべて書類は二種しかない。未決か、既決かである。いや、判コをおしたのと、おしてないのとの二種があるだけだ。
 部下の係員たちも机にかがみこんで、いっしょうけんめい、判コをおしている。彼らのは水牛角ではない。水晶でもない。むかしは久瀬のもそうであったが、ツゲの木の判コである。茶碗はめいめいの家から持ってきた瀬戸の安物である。蓋はついていない。久瀬のもどこかの市場のすみっこで買ったものだが、益子《ましこ》焼である。蓋はついていない。課長になったら蓋つきにして、どこかで茶タクも買ってこようと思う。課長の茶碗は私物は私物だけれど、有田焼で、蓋がついているし、茶タクもついている。判コは水晶である。椅子は肘《ひじ》かけである。こういうことは誰も口にださないけれど気をつけないといけない。
 十二時になると久瀬は椅子から立ちあがり、ヘップをペタペタと鳴らしながら銀座の中華料理店ヘラーメンを食べにでかける。ラーメンでないときはスパゲッティである。これは『フードセンター』へいく。ラーメンはきっとナルト巻をのこし、スパゲッティはきっとスプーンの腹で巻いて食べることにしている。スパゲッティはフォークとスプーンを使って食べるものなのに、日本人はフォークだけで食べ、スプーンを添えてくれるところがない。こういうところがまだまだ日本は本場の消化がたりない。本場はあるが本場ではない。二流の一流国である……というような有名文化人の外遊土産の随筆を読んだことがあるので、久瀬はスパゲッティ屋に入ると、きっと、ひくい声で、�スプーンを……�というのである。見まわすと、あちらの席にもこちらの席にもビニール製サンダルをつっかけた紳士たちがすわっていて、一目で、都庁の職員だなとわかる。
「……おれは大田区に五年住んでいるけど、となりの家の人の名前も職業も知らないよ。そういうことなんだ。都庁がどうしたのこうしたのなんて気に病んでるのは都庁の人間だけなんだよ。一般都民にはなんの関心もない」
「人口三十万以上の都会になるとダメだという説もあるくらいなんだからね」
「こないだ局長が二、三人集って話してるのを立聞きしたら、東知事のことを�蒸溜水�といってたようだよ」
「ハハハァ、蒸溜水か」
「蒸溜水、ね」
「毒にもならず薬にもならず、甘くも酸っぱくもなく、ただ存在しておりますというだけのことなんだな」
「それが毒だよ。なんにもならないバカがいるということだけで毒なんだよ」
「部下が働かねえからナ」
「休まず、遅れず、働かずの三原則だよ。前向きにすわって仕事はしないということになっているんだ」
「なにを聞かれても同時に�ハイ、イイエ�といってたらいいんだよ」
「なんだい、それは」
「梅崎春生の小説だよ」
「高級だなァ、あんた」
「貸本屋で読んだのですよ」
「ハハハハァ」
「ハハァ、ハハッハッ」
「ハハハハァッ」
「ハハハッ」
「ハハハハハァーッ」
「ハハハッ」
「ハハッ」
「フワッハッハッ」
「ハッハッハァ」
「アハハッ」
「ハイ、イイエか」
「なるほどねえ」
「ハハハッ」
「アハハハハッー」
「フワッ、ハッ、ハッ」
 久瀬は、ラーメン屋をでると、のろのろと陽あたりのよい銀座の人|塵芥《ごみ》のなかをひとまわり歩きまわってから都庁へもどる。
 ネズミの巣のような、紙屑と書類でいっぱいの、ベニヤ板の壁で小さく小さく仕切った箱のなかへもぐりこみ、ふたたび判コをおしにかかる。丹下健三氏はいくら建物を近代的にしたって人間が前近代ならどうしようもないというけれど、久瀬は家でも、レストランでも、会議室でも、お座敷でも、すみっこに体をくっつけないことには安心できないのである。すみっこにもぐりこんで、背なかを壁にぴったりくっつけていないことには、おちおちできない性分なのである。
 午後の二時になって、やっと、仕事らしい仕事があった。会議である。区役所土木課と、清掃事務所と、清掃局と保健所の、四者合同の会議であった。各局の係長、主査、課長、部長などが出席し、お茶を飲みつつ、報告、提案、討論などをした。今日の議案はもうかれこれ三年か四年懸案の議案で、今日、やっと、結論を見ることになった。
 道におちてるネコの死体は誰が始末するかということについての受持区域をきめたのである。みんな責任をいやがって、なにやかやと口実をつくって、自分のところの仕事がふえないように、ふえないようにとするものだから、いつも会議はお流れになってきたのだ。川に土左エ門が流れてくると竹棒でつついて管轄外の向う岸へおしやってしまう警察のやりかたとおなじである。けれど、やっと、今日は、四年間の討論にケリをつけることができた。書記がいて、ちゃんと議事録をとってくれた。それによって、ネコやイヌが道で死んだときは区役所の土木課が始末することになった。どぶや下水で死んだときも土木課の仕事である。川、池、空地、敷地などで死んでた場合は清掃局の仕事であるということになった。埋葬処理は清掃事務所、一匹について二百エンの手数料をとることとする。捨イヌ、捨ネコは都民がつれてきたら保健所でひきとる。これは無料であることにする。土木課、清掃事務所、清掃局、保健所、四者の代表者たちは以上の行政区分について、誰も不平をいわなかった。久瀬も不平をいわなかった。だまって粗茶を飲み、なにか聞かれるたびにゆっくりとうなずいて、エとか、アとか、ソレハとか、ソウソウなどとつぶやくきりである。
「……すると、ここにですね、ある家の塀《へい》の内から木の枝がヌッとでておる。そのさきになにかのはずみでネコが死んでぶらさがっておる。こうしましょう。この場合には誰が責任を負うのでありましょう?」
 いつも不平をいうので有名な土木のゴテ根こと坂根課長がいんぎんなイヤ味をいったので、みんなは顔を見あわせ、ソレハとか、ウムとか、ツマリなどとつぶやきかわした。そこで、議決案の案文に一項目加えて、道、どぶ、空地、川など、どの区分にも入らない場合のときは清掃局がひきうけるという文章をつくることになった。坂根土木は満足してすわった。すると山口清掃がたちあがった。仕事をおしつけられたので不満なのだ。
 空地のなかに道であるようなないような道がついていて、そこを死にかけのネコが空地のほうへ入ったり道のほうへ入ったりしてヒョロヒョロしているときには、土木、清掃、保健の三人があとをつけていくことになるのかといった。みんなは相談しあって、これについてはとくに案文はつくらないけれど、知らせがあればすぐに土木課で土地台帳を繰って、それが道であるか空地であるかをたしかめてから所管の担当係官が出動すればよいではないかということになった。四年かかった問題がこれでやっと明文化されて結論がついた。久瀬は満足し、堅い背骨ができたような、大きなつらい仕事をやりとげたあとのような気持になって、廊下を歩いていった。
�センセイ�(筆者注・都会議員のこと)が課室へ遊びにこなかったので、今日は、ずいぶん仕事がはかどった。一つの会議で結論をだし、五十三枚の伝票に判コをおすことができた。センセイがきていたら会議もどうなったかわからない。都庁の仕事を牛耳《ぎゆうじ》るのは都会議員で、職員は彼らが宴会できめたことの下請仕事をするにすぎないようなものなのだから、課長も、部長も、局長も、みんなピリピリしている。不平をいうといつトバされてしまうかわからないから、なにもいわない。電話の受け答えもいちいちハッ、ハッといわなければいけない。
 五時になると、課員たちはバネがかかったみたいに机から体を起して、帰りにかかる。ほんとは拘束は五時十五分までということになっているのだけれど、五時の都庁の出口は退庁する人間の波で一歩もさからえないほどである。
 久瀬はふたたび東京駅に向い、中央線にのりこむ。荻窪駅でおりる。駅前からバスにのり、井荻駅前でおり、畑のなかにできた団地アパートのよこを通って都営住宅の自分の家まで十五分歩く。風呂に入り、徳利に一本、日本酒を飲む。サカナはゲソと浅漬の白菜である。互助組合で買ったパンティを妻にわたす。
 だまってチャブ台に向ってちびりちびりと酒を飲み、『憲法精解』の頁《ページ》を繰ってみる。管理職試験はこの九月十三日にすんだけれど発表がまだである。すべってたらまた一年、高校生なみの受験勉強をしなければいけない。試験が近づくと毎夜毎夜、おそくまでわからない本を読み、�出張�といって都庁を休み、試験が近づくと正常位はおろか、女房、子供、みんな郷里へかえしてがんばらなければいけない。この試験に受からないと一生課長になれない。試験の成績と平素の上役へのゴマすり成績のかねあいは四分六だとか三七だとかの噂がある。また合格率は六パーセントか七パーセント、たとえ合格しても課長の椅子がなくてダブついてるのが七、八人もいるということであるが、とにかく合格しなければお話にならないので、久瀬は『憲法精解』を持って寝床にもぐりこむ。
 今日、久瀬は、ほとんど話らしい話をなにもせずに、一日くらした。
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