頃は西暦一九六四年十月十日。
この日、午後二時、都では国立競技場におきまして天皇、皇后両陛下御臨席のもとに『第十八回オリンピック東京大会』の開会式がおこなわれたのでございます。
前夜まで氷雨様《ひさめよう》のものがしとしと降りつづけてどうなることかと気づかわれてなりませんでしたが一夜明ければ、嬉しや嬉し、超世の悲願成就、クヮラーンッと晴れわたった秋空は気が遠くなるほどでございます。紺青《こんじよう》の深遠な海には大きな微笑が陽を浴びて漂うようでございます。九千万人の祈りがついに天廟《てんぴよう》の扉をひらいたのでございました。
国電干駄ヶ谷駅にて下車。徒歩五分ほどで競技場に着きます。交通巡査がたくさんにでまして自動車や通行人をさばいております。谷川のようにさざめき泡《あわ》だつ午後の日光のなかを諸人は美服をまとい、かめら、双眼鏡などを携えまして、ゆうゆうと足をはこびます。
○「パン買おうか」
×「あとでいいんじゃない」
△「ノドかわいたワ」
□「ぼくはまだいらないよ」
▽「幕の内を売ってるなァ」
◎「ゴミになってめんどうだわ」
万国旗が空にはためくなかを諸人はひそひそとささやきかわしつつ巨大なすたじあむの門のなかへ吸いこまれてゆきます。誰も血まなこになったり、いらだったりする者はおりません。叫んだり、口論したりする者もおりません。これがあの二十年昔、焼け跡を影のようにさまよい、泥のようにうずくまっていた餓鬼《がき》の群れかと、万感こもごもでございます。ぱん、牛乳、こかこーら、おれんじじゅーす、幕の内弁当、にぎりめし、さんどいっち、さまざまな品が小綺麗な西洋屋台に山と盛られ、くーらーに詰められた瓶は歓喜を秘めつつ岩清水のように冷《つ》めとうございます。誰かの手のなかでとらんじすたあがくりかえしくりかえしうたっております。
…………
……
オリンピックの顔と顔
それトトンと
トトンと
顔と顔
入場券を少女に見せますと、びにいるの風呂敷や、袋や、いろいろな物を頂戴いたしました。ゴミや紙屑はみんなこの袋のなかに入れなさいということなのでございます。なかに一枚、往復葉書が入っておりまして、「『小さな親切』すいせんカード」となっています。いつ、どこで、どんな親切をうけたかを書きなさい、と申します。すたじあむの指定席はむきだしのせめんとですが、これもちゃんとびにいる製の小さな座ぶとんが敷いてございます。身にしみる思いやりのこまやかさに頭がさがりました。ああ、よかった、よかった、生きていてよかったとつくづく思うのでございます。
七万の観客、水をうったように息をひそめるうちに、ぶらす・ばんどの入場。陸上自衛隊音楽隊。これは北口と南口と二つから入ります。航空自衛隊音楽隊。警察音楽隊。消防庁音楽隊。海上自衛隊音楽隊。これらが金、紅、黒、青、茶、色とりどりの皺ひとつない制服を着まして、歩武堂々、自信満々、場内を一周して聖火台下の、これはまた古式ゆたかな二基の大火焔太鼓のあたりに整列いたします。
年配のおじさんが双眼鏡で太鼓を覗き、つくづく感嘆をこめた口調で、
「きれいなもんだなァ、きれいなもんだなァ。まるで『越天楽』の舞台かなにかみたいだ」
と申します。
するうちに團伊玖磨氏作曲の『オリムピック序曲』がはじまり、うっとりしているうちに、梵鐘《ぼんしよう》の音を素材にした電子音楽がはじまりました。これは黛敏郎氏が作曲、NHKが協力してつくりだしたものでございます。巨大な高感度再生装置で放送いたしますからたいへんなもの。
これが聞いておると、なにやら、ぶわああああん、ぷおっぷおっ、ぴゅううううう、ぼううううおおおん、ぶわっ、ぼん、ぶわっ、ぶわっ、と聞えるのでございます。まるで、なにやら、こう、古井戸に石を投げてるようなぐあいなのでございます。また、洞穴のなかで御鳴楽をおとしたようなぐあいでもございます。説明書を読みますと、これこそ「……日本人が『心の響き』を世界に伝えるものです」とありました。
天皇、皇后両陛下御成りになります。「君が代」演奏。双眼鏡にて懼《おそ》る懼る拝眉《はいび》いたしますと、竜顔《りようがん》殊のほかに御|麗《うるわ》しく拝せられました。皇太子御夫妻、常陸宮御夫妻、三笠宮御夫妻の姿も拝せられました。海内《かいだい》無双の皇家御一統はいよいよ御加餐の趣、竹の園生《そのう》の弥栄《いやさか》を祈りあげました。子々孫々にいたるまでこの世紀|未曾有《みぞう》の感動を語りつたえんものと不動の姿勢で佇立《ちよりつ》したまま双眼鏡を覗きます。
するうちに本日のめいん・え※[#「う」に濁点]ぇんと、いよいよ各国選手団の入場行進がはじまります。色さまざまなるぶれざあ・こーとに身を固め、紅毛|碧眼《へきがん》あれば、縮毛長身あり、お稚児《ちご》さんにしたいようなのあれば、見たくもない皺くちゃじいさんもあり、ばせどう氏病にかかった七面鳥みたいな婆さんもあれば、針金にからみつく野うばらの風情もあります。
亜細亜《あじあ》の清楚、南欧の艶、北欧の名花、東欧の妍《けん》、北米の無邪気、近東の神秘、いやもうこうして高い所からつぎからつぎへと繰りこんでくる百花|繚乱《りようらん》を見ておりますと、沈魚落雁閉月|羞花《しゆうか》の風情、えらいものでございます。浮いてる魚も沈み、空の雁もおち、月は雲にかくれ、花ははじらい、猿《ましら》も木からおちようてンですからえらいもんだッ。
峠の一本松みたいなたった一人きりの国もあれば、何十人と知れぬ山塊《さんかい》の流動を見るごとき国もございます。ちゅういんがむを噛み噛み歩くのもあれば、握手して見せるのもあり、日の丸の小旗ふるきゅうばもあれば、日の丸と半月旗をあわせてふるとるこもあり、たあばん巻いたるいんどもあればぴおにいるの赤い三角巾をふるそ※[#「う」に濁点]ぇともある。奇声発してたわむれてみせるのもあれば、全員特攻隊さながらに硬直したのもございます。観客席の諸人はただもう嬉しく楽しく、どの国にもまんべんなく拍手を送っております。一つ気のついたことでございますが、北米の選手団はかう・ぼういのかぶる白いがろん帽をかぶっております。演者《それがし》のうしろに着席しておりましたあめりか男が、威勢よく弥次《やじ》をとばしまして、
「L・B・J、L・B・J!」
そう叫ぶのでございます。
L・B・Jとは、りんどん・べいんず・じょんそんの頭文字ではございませんか。そしてじょんそん氏はてきさすの大牧場主でございまして、いまやたけなわの大統領選挙の遊説ではよくがろん帽をしむぼるにかぶって愛嬌《あいきよう》をふりまいているところを見かけます。
この入場式風景はそのまま同時にあめりかへ中継されます。ということはじょんそん氏は宇宙経由で選挙戦をやっているということなのでしょうか。それともたまたま好もしき偶然の一致なのでしょうか。演者ごときにはよくわかりませなんだ。ちょっと気がついたからちょっというてみたまでのことでございます。選挙と聞けば買収と考える癖があって、どうもいけません。
各国の選手団を紹介申しあげます。エコひいきや、政治の介入などがあってはいけませんので、お国お国の食べもの、飲みものでいくことにいたしましょう。
遠からん者は瓶でも見ろ。近くば寄って飲んでみろ。まず筆頭は松脂《まつやに》入りぶどう酒のうまいぎりしゃでござる。あるふぁべっと順に入場するのだがおりんぽす山があるので先陣|承 《うけたまわ》る。つぎが羊の|串焙り《しやしりく》のうまいあふがにすたんでござる。三番が肉団子《くすくす》のあるじぇりあでござる。四番が牛、牛、牛のあるぜんちん。五番がかんがるーのおうすとらりあだ。食ったことはないが固いかもしれん。六番が名物ういん風かつれつと宮廷菓子のおうすとりあだ。七番。ばはま。海亀のすうぷ。八番。べるぎい。腎臓料理。九番。ばみゅうだ。えび。十番。ぼりびあ。肉、魚、卵とまぜた凍りじゃがいも。十一番。ぶらじる。こおひいとくう・で・たあ。十二番。英領ぎあな。唐辛子料理だ。この選手はきっとよくはねるぞ。十三番。ぶるがりあ。ますてぃかという純正あぷさんを氷水で割る。効《き》くなんてもんじゃございません。十四番。びるま。ごま油入りのかれえ・らいすというものがある。十五番。かんぼじゃ。ここもかれえ・らいすだ。野菜入り。十六番。かめるうん。いまでも象を食っているのかな。とにかくなにかうまいもののあるところ。十七番。かなだ。せんと・ろうれんす河の鮭。十八番。せいろん。紅玉と紅茶。合掌するのが挨拶。十九番。|ちゃど《ヽヽヽ》。狒狒《ひひ》じゃないだろう。とにかくなにかお国自慢のあるところ。二十番。ちり。ざりがにの仔《こ》がうまい。二十一番。ころんびあ。野菜入りちきん・すうぷ。二十二番。こんご。るむんばを食べたという噂の流れたことがあったが、ふつうは郷子油で煮たあひるなど、おとなしいものである。二十三番。こすたりか。二十四番。きゅうば。葉巻でしょう、やはり。二十五番。ちぇこすろばきあ。はむとぴるぜん・びいる。二十六番。でんまあく。鮭の燻製がすばらしい。二十七番。どみにか。お菓子にちきんを入れるそうだ。二十八番。えちおぴあ。あべべ選手が靴をはいて旗をおしたてていった。いい蜂蜜酒《みいど》があるそうだ。ふいんらんど。となかいの燻製。ふらんす。かたつむりと蛙。どいつ(統一)。東も西もそうせいじ。があな。なつめ椰子のすうぷ。いぎりす。ぽてと・ちっぷす。助平な新聞で包むほどうまいといわれている。�たいむす�なんかで包んだら目もあてられない。ほんこん。蛇。はんがりい。唐辛子入りびいふ・しちゅう。あいすらんど。燻製の小羊……。
どんどんこうして食べすすんでいきまするうちに脳味噌にぺたぺた万国旗の判コをおされたような気持になって参りました。なにがなんだかわかりません。さいごに三つ巨大な選手団が登場いたします。ふらいど・ちきん・ばあじにあ風のあめりかと、きゃ※[#「う」に濁点]ぃぃあのそ※[#「う」に濁点]ぇと、さてどんじりに控えしは、なんでも食べる日本選手団でござる。
まえを歩くそ※[#「う」に濁点]ぇと団の女子選手たちがぴおにいるの赤い布をヒラヒラ、ヒラヒラふって愛嬌たっぷりに笑いくずれてるのにくらべますと、日本選手団は男も女も犇《ひし》と眦《まなじり》決して一人一殺の気配。歩武堂々、|鞭声粛々《べんせいしゆくしゆく》とやって参ります。なにしろ鬼だの魔女だのというのがおりまして、日頃練習のときは秋霜《しゆうそう》烈日、�死ねッ!�とか�泣けッ�とか�バッキャロ��家へ帰れ�などという声のかかるまぞひずむ道場なのですから、そろそろと歩くだけでも、もう、なにやらむらむらとちがうのでございます。選手強化費がざっと二十三億エン、金メダルを十五コとったら一コが一億五千万エン、選手の頭割りでいくと一人じつに五百万エンかかっているのでございます。えらいもンでございます。たいしたもンでございます。
組織委員会会長挨拶。
国際オリンピック委員会会長ぶらんでえじ氏登場。英語と日本語で各国選手団を歓迎する旨の言葉を述べます。すると陛下が御起立になり、ぶらんでえじ氏に答えて開会を御宣言遊ばします。十万の諸人、固唾《かたず》をのんで恐懼《きようく》するうちに玉音|凛々《りんりん》とひびきました。たちまち起る楽の音。陸上自衛隊のぶらす・ばんどでございます。
陛下御起立のままです。
火焔太鼓のことを『越天楽』の舞台みたいだと感嘆した件《くだん》のおっさんは、おだやかに微笑して演者をふりかえり、
「今日の陛下はよくできた。短かったからよかったんですね」
と申します。
オリンピック大会旗掲揚。
ローマ市長ととらんぷのじゃっくによく似た衣裳をつけた従者が牛込の小学生の鼓隊といっしょに入って旗を東京都知事にわたします。この五輪旗は四年後めきしこへゆくのだそうでございます。これも厳粛な、純粋な、感動にみちた、光栄あふれる、正統的な、由緒正しい、忘れられない、世紀未曾有の瞬間でありました。とつぜんわああああッとあがる鯨波声《ときのこえ》。そもさん何者この聖域を猥雑のだみ声で汚すなるや。キッと見得切ってふりかえりますと、これがフウセン玉なんで、一万コ。暗殺でなかったのでホッと胸をなでおろす。拍手こそいたしませぬが七万の観衆は声ならぬ声にて鳴りとよもす。天地に喜色閃き、一道の瑞光《ずいこう》、ろいやるぼっくすのあたりにたってフウセン玉を追いこし、空の沖に消えます。超世の慶事とおよろこび申しあげまする。
するうちに七万の観衆は固唾をのんで見守る。と、そこへ、一人の額涼しき若武者がもだん松明《たいまつ》持ちまして、広場へ駈けこんでくる。疲れも見せず、息も切らさず、タ、タ、タ、タ、タッ。ハイヨーッと声にこそださね、また鞍上鞍下《あんじようあんか》人なく馬なき連銭葦毛《れんせんあしげ》こそ見えね、これなん誰あろう、寛永十一年正月二十四日、愛宕山円福寺の百二十余段の石段駈けあがって見せたる生駒雅楽頭《いこまうたのかみ》の家来、曲垣《まがき》平九郎盛澄の壮挙をいまに見せんとて坂井義則君が聖火台めがけてまっしぐらに駈けあがるのでした。
つまずかず、よろめかず、自信満々、けれど傲《おご》らず、誇らず、アレヨーッと見るまに坂井君は階段一気に駈けあがってパッと松明を捧げます。清浄の混沌の炎がついにここにもたらされました。一万五千五百|粁《キロ》の血なる空と土の旅をおえて、ついにぎりしゃが亜細亜で花ひらいたのでした。これまたたいそう簡素な、一等純粋な、知性の病毒をまぬがれ得た、手と足にだけ心のある、いわば儀式の秘鑰《ひやく》とも呼ぶべき晴朗のふるまいでした。世紀未曾有の瞬間でございました。
拍手が起ります。
よこのおっさんが今度はひくい声で、ひとり、うたいだします。べえとお※[#「う」に濁点]ぇんの第九交響楽、師走の深夜に聞きますとゾクゾクするくらいいい合唱部の一節なのでした。
○「……火だね」
△「火だわ」
□「火だよ」
▽「火、ね」
×「火さ」
!「火なんだ」
?「やっぱり、火よ」
◎「火か」
☆「いいわ、いいわ」
○「火だな」
△「火よ」
□「「よかった、ついて」
▽「あの火は……」
×「あの火が……」
!!「あの火に……」
??「あの火を……」
★「火だなァ」
*「火って」
●「火ですねえ」
◇「ほんと、あの火」
◆「火……」
というようなことは誰一人としていいませんでした。演者《それがし》のまわりにはなんの声もありませんでした。講釈師見てきたような嘘をつきと申します。みんなは拍手がおわると、ただのろのろと腰をおろし、件の|あめりか《ヽヽヽヽ》男は|さんどいっち《ヽヽヽヽヽヽ》を食べるのに夢中なだけでございました。
よこにいた荒垣秀雄さんに、
「どうってことないですね」
念のため聞いてみたら、荒垣さんはおっとりと笑って、
「タバコをつけるにはちょっと大きすぎるようですな。大仏さまのハクキン懐炉にはいいでしょうね。あれくらいで手頃だな」
やはりそんなことをおっしゃるのでございました。日頃この人は洒落のめしてばかりいてなかなか本音を吐かないという噂があります。けれど、拝火教徒でないことはたしかだと思います。
選手代表が宣誓しました。
八千羽の鳩がとびました。
みんなどこかへとんでいったのに一羽だけあとにのこって、どこへいこうともしません。
『君が代』演奏。
演奏中にどこからともなく五機のじぇっと機があらわれ、色のついた煙でたくみに五輪まあくを空に描くと、どこかへとんでいきました。諸人はその軽業に見とれて嘆声をあげ、おとむらい気分を忘れたようでございます。
両陛下御退場。
選手団退場。
楽隊退場。
よかった。よかった。無事|滞《とどこお》りなく済んでなによりでございます。
お目汚しましたる一席のお粗末、これにて大団円といたします。
開会式がおわったあと、大群衆におされつつ道へでた。道や、木の幹や、壁や、空から、薄青い、よごれたたそがれが沁《し》みだしていた。従順で、よく訓練された、節度ある身ごなしで人びとは散っていった。
銀座へでると、ある焼鳥屋の二階で三人の学生と会って、ヒッチハイクの話を聞いた。ソヴィエト、東欧、西欧、中近東、東南アジア、北米、南米、北欧と一年がかりで歩きまわってきたのである。街道や森で寝袋にもぐりこんで眠り、ゆくさきざきで、道路人夫、パイプ工場、農家の手伝いなどした。手と足で働き、金のあるかぎりはどんなささやかな一宿一飯にも金を払うようにして地球を一周してきたという。
三人の大学生は焼鳥をパクパク食べながら諸国物語を話してくれた。苦労して漂流をかさねたにしては三人とも下等な虚無を匂わせなかった。放浪のヤスリのしたで砕けきってしまわなかったようである。そのためにたいへんな内心の精力を消耗したことであろうと思われる。あるいはようやく虚無のふちに這《は》いあがったところかも知れない。自分を少しはなれたところから眺めて苦笑したり、困惑したりしている聡明な気配があった。
十エン玉一つないありさまでどろどろヘトヘトになって羽田にたどりつくと、故郷に帰ったという気持とやりきれない違和感をしたたかに味わわされた。しばしば自分が外国人のように感じられて、いらだった。皮膚のうらに心を貼りつけることができなかった。オリンピック騒ぎはバカげ果てているという。けれど誰も聞くものがない。こちらが狂ってるのか、向うが狂ってるのか、判断に苦しむことばかりである。さんざん手を焼いた結果、どちらも狂ってるのかもしれないから勝手に狂わせておけと考えることにした。
「やりたい連中に勝手にやらせておけというほかないですよ」
「陽《ひ》照れば水|涸《か》れ、雨降れば洪水、風吹けば家たおれ、地震がきたら石油タンクが爆発する。下水道は二割しか完備してなくて、都民の雲古の六割は海へじかに捨てるんだよ。おれは調べてみたんだ。そういう国で新幹線や何かをふくめれば一兆三千億エンもオリンピックに使うっていうのだね。このことはどう思う?」
「そういうことはもう考えないことにしました。考えたところでいまさらヤボをいうなとか、ええじゃないか、ええじゃないかで走ってしまうんですから、どうしようもないです」
三人は三人とも異口《いく》同音につぶやいて、顎《あご》をだした。