——変化の際には大きくなる動揺
気体の状態は、温度と体積と分子の数がきまればきまる。気体は猛烈な速さでてんでに飛び交っている無数の分子からできているのだから、たまたま全部の分子が容器の片半分に集まり、他の半分はガラ空きになるような瞬間があってもよさそうだが、実際には気体の密度は容器のどこでも常に一定で、不均一になることはない。
これは分子の数が十の二十三乗という程度の莫大なものであるためである。サイコロを何万回も振ると、どの目が出る度数も振った回数の六分の一にほぼ等しくなり、ある目だけが他の目よりとびぬけて沢山出るということは、まず絶対に起こらない。気体の密度が不均一にならないのも、これと同じことなのである。
しかし、サイコロのおのおのの目の出る割合が決してキッチリ六分の一にはならないように、気体の密度も本当は厳密に一定なのではなく、「ゆらぎ」または「揺動」と呼ばれる極めてこまかい変動があるのである。
気体の密度に限らず、われわれが観測する物理量の多くは、一見きちんとした値をもつように見えても、実は微細なゆらぎを伴っていることが知られている。
通常このゆらぎは極めて小さくて普通の観測にはかからないが、いわゆる「相転移」が起こる温度では、いちじるしく大きくなって観測できるようになる。相転移とは、気体が液体に変わるとか強磁性体が温度を高くすると常磁性体になるような、ある温度を境にして物質の状態が不連続的に変わることをいう。状態が変わる境目では、たとえば光をあてるとそれがゆらぎによって異常に散乱されて、物質が輝いて見える、というような現象が起こるために、ゆらぎが観測にかかってくるのである。
社会状態が変化するさいには、必ず大きな動揺が起こる。かつて荒れ狂った大学紛争も、静かに勉強したいと願う者にとっては決して有難いことではなかったが、改革に伴って起こる避けられない「ゆらぎ」だったのかもしれない。