——デパートの苦しみ・楽しみ
休日のデパートは私の最も苦手なものの一つである。ちょっと歩くと人にぶつかり、こっちの人を避けるとあっちの人にぶつかり、気ばかりいらだってなかなか先へ進めず、自分のペースで歩くことができないから。
液体の中で物を動かそうとしても、思うように動かすことができないのはよく経験するところである。これが液体の粘性であるが、つまりは液体分子によって運動が邪魔されるからであって、デパートの中を歩くのと似ている。休日のデパートは粘性が大きいのである。粘性のために、前へ進もうとするエネルギーが進むために全部使われず、他人または他分子との衝突によって無駄に使われ、熱エネルギーになって「散逸」してしまうのである。
人ごみの中では、進む速さがにぶくなるばかりでなくて、真直に進めず、どうしてもジグザグに歩くことになる。液体の中の物体も実は同じで、液体の分子が四方から絶え間なくぶつかってくるために、フラフラしながら進んでいるのである。物体が非常に小さくなると、このフラフラがケンビキョウで観察できるようになる。これがいわゆるブラウン運動にほかならない。
このように、エネルギーの散逸とブラウン運動とは必ず相ともなうものなのである。エネルギーの散逸は粘性ばかりでなく、マサツや電気抵抗など、広範囲の現象にともなうものであり、したがってブラウン運動もそれらの現象に関与する物理量のゆらぎ(揺動)となって必ず現れる。また、これらの大きさの間には、関与する物理量の種類によらない一定の関係がある。この関係を揺動散逸定理といい、物性物理学の基本法則の一つとなっている。デパートでも揺動散逸定理のようなものがなりたっているのではなかろうか。
私が苦手なのは結局この散逸なのだが、しかしデパートというところは元来散逸を楽しみにゆくべきところなのであり、売り場の廊下は楽しみの場であって、単なる通路と考えて自分のペースで歩けないといらだつ方が間違っているのかもしれない。